350 欲の皮
アハトの乱?がスラストア本国で処断が終わりドラール王国に残っていた日向子達も一部を除いて研究も終了したのはそれから1ヶ月後の事だった
再び禍をもたらす可能性のあったドラール王国の兵器とアースベイカー国の兵器は標本を残して全て火山口に運ばれ投棄処分された
中には地中を潜りマグマの高熱にも耐えられる兵器等もあったが機能を完全停止させた後に投棄されたのでマグマの中に潜ってサルベージする技術がない限り再び悪用される事はないだろう
〈では日向子、我々は先に戻るぞ〉
「はい、じゃあ送りますね」
始祖とバンパイアの識者達は研究した資料と標本を土産にラクルが待つバンパイア領に戻る事となった
日向子は転移を使い始祖達を無事送り届けると再び南半球へと戻って来た
事件の顛末を報告して欲しいとスラストア共和国のアイン王に要請された事が大きいのだが
日向子としてはいずれ南北の半球を隔てている障壁を取り除いて双方の交流をさせたいと思っていたのでその足掛かりをアイン王と話したいとも思っていた
「じゃあキメちゃん、行こう!」
兵器や機器類を廃棄されたドラール城内はまるで廃墟の様でがらんとしていてが日向子にしてみれば興味のない事だったのでサバサバした感じだ
スラストア本国へ向かう前にアーチ王とツヴァイ王の下に行き詳細な打ち合わせをする必要があった
世界の破滅を招く程強力だったドラールとアースベイカーの兵器達を危険だからとは言え独断に近い形で処分してしまった事が広まればそれを非難する貴族達は必ずツヴァイ王とアーチ王を遠回しに追訴する可能性がある
そこで日向子は自身を矢面に立たせ2人への嫌疑を正面から受ける事にしたのだ
「…本当にそれで良いのだろうか…」
日向子の話を聞いたアーチ王は王という前に1人の男として引け目を感じている
ツヴァイ王も言葉にはしないが同じ思いを抱えている様子だ
「あはは、お2人が前に立つと必ず誰かが足元を掬いに動くじゃないですか?
その点私達ならせいぜい犯罪者として扱う位しか出来ないですからね」
「ですが…」
「私達はそもそも南半球の人間じゃないですし北半球に戻っちゃいますからね
異邦人が勝手に暴れて逃げた事にしたら2人には責任は発生しないんじゃないですか?…多分」
「「…うーん…」」
大胆と言えば大胆、杜撰と言えば杜撰な日向子の提案に2人は不安を覚えたが
もし貴族達の追及を躱すとなるとドラール、アースベイカーの兵器を事細かに説明せざるを得なくなる
その事によって国内が荒れるのであれば部外者が勝手に処分してしまった事にしておけば強引だがその後の追及は不可能になる
何せ問題の兵器達は既に処分されてしまっているからだ
「ですが…罪人として扱われる事に対して申し訳なく…」
《アーチ王、主は決めた事を曲げる様な性格じゃないぞ?諦めてそのまま受け入れた方が時間の節約に繋がると思うが?》
「…なかなか酷い事言われてますけど…まぁそんな感じです
アーチ王さんもツヴァイ王さんもそのまま知らん顔していて下さいね
私達は報告したらそのまま北半球に転移しちゃいますから大丈夫!」
日向子の明るい言葉に内心粛清も視野に入れていた2人の鬱々とした気持ちが晴れていく
((…日向子(殿)なら何とかなってしまいそうだな…))
普段権謀術数が渦巻く世界に生きるツヴァイとアーチは大きな力(日向子)に守られている気がしてそれ以降は全て日向子に任せる事にしたのだった
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「ツヴァイ王ともあろうお方がその様な高度な技術を何も得ないまま放棄されたと仰るのか⁉」
「アーチ王様もただただ指をくわえて見ていたのですか⁉」
スラストア城に到着した三人は直ぐに大広間に通され、今案の定欲の皮が突っ張った貴族達の糾弾を受けていた
アーチ王、ツヴァイ王は罵詈雑言を黙って聞いている
日向子は早く言いたい事言えば良いのに、と口に出さんばかりの態度で出されたお茶をしれっと啜っている
キメはスラストア領内に着いたと同時に万が一の時の為にナノ細胞として全身を散らせ不測の事態に備えている
「…アーチ、ツヴァイよ。このままでは諸公等が納得すまい
そち達の口から尤もな理由を説明してはくれぬか?」
アイン王は強欲な貴族達の剥き出しの欲望に辟易としながら2人に収める為の説明を求めた
アイン王自身には既に日向子から事の経緯と今後の対応等は書類をつけて報告を受けていた
「そうですぞ‼我々が持ち得ない強力な兵器があれば今後その技術を持ち得た国からの脅威に怯えなければなりません‼
そうなる前に我々が抑止力としてその技術を習得せねばなりますまい‼」
でっぷりと太った貴族が立ち上がりながら2人に詰め寄ったが要は未知の兵器を手中に収めたいという気持ちが前に出過ぎてしまっているのはその貴族が政治の駆け引きに疎いと自白している様なモノだろう
仕方がない、とツヴァイ王がアイン王に発言権を得る為に挙手した時、それを遮って日向子が立ち上がった
「さっきから聞いていれば随分身勝手な言い種ばかりね?」
敢えて喧嘩腰に貴族達を煽る言葉を使ったのはアイン王と事前に交わした筋書き通りだ
「なっ⁉貴様は何者だ⁉」
「お2人の従者ではないのか‼」
「小娘が口を挟む場ではないわ‼」
こんな安い言葉に敵意剥き出しで食って掛かってくる貴族達に日向子は(この国は本当に大丈夫なのかしら?)と一瞬思ってしまったが
そんな視線を向けたアイン王は(そうであろう?)と失望した様な頷きを返しただけだった
これから日向子が行うのはスラストアという大樹に守られ危機感すら失せてしまった南半球諸国に対する警告でもあった




