346 アハトという男
スラストア共和国先王、ヌル王には15人の王子と6人の王女がいた
何処の世界の王族も同じ様に王女達は政権安定の為に貴族との政略結婚を運命づけられ
王子同士は次代の王座を継承すべく周囲の貴族に祭り上げられ王座を目指す
医療が発達していないこの世界では3才迄に死亡してしまう事はそれ程珍しい事ではなく
その為王座に就いた者は子種を多く残す事も責務とされる
幸か不幸か、先王の王子達は数名の病死者を出しただけで皆すくすくと育ってしまい
そうなると利権を求める貴族達を巻き込んだ醜い政争が勃発する
それは王政を敷く国家では当然起こる事ではある為、先王ヌルは長子であるアイン王子を筆頭に各国の王座の継承者として生前に既に決定した上でその人生を終えた
スラストア・ゴスピア・デスピア・アルピア・ボルピア、5つの国にそれぞれ1人の継承予定者と予備として1人の補佐(王子)
万が一継承予定者が継承不可能となっても補佐の王子が継承権を継ぐ
そんな中、アイン王子の補佐役として本国に残されたのは第8王子であるアハト王子だった
本来もっと高い王位継承権を持つ王子を補佐にするのが古よりの習わしであったのだが
アハト王子はその聡明さが先王に気に入られ中央スラストアの予備継承者としてアイン王子の補佐につけられたのだ
だが先王はアハト王子の内に宿る醜悪な感情に気付いていなかった
「くそっ‼何故王子の中で最も優秀な余がこの様な扱いを受けねばならぬのだ‼」
自室で持っていた杯を壁に叩き付けながら毎夜恨みを募らせるアハト王子の噂は先王の耳に届く事はなかったがそれ以外の者達には周知の事実となる程であった
その気持ちを汲んでいたアイン王子は日頃からアハト王子を重用し、次々と功績をあげるアハト王子を褒め称えもしたが本人にとってはそれが逆効果となっていたのだ
「愚兄であるアインに部下の如く扱われるのは何よりの恥辱だ‼」
アイン王子の心も察する事が出来ない程歪んでしまったアハト王子はすり寄って来た外様の貴族達からの甘言に乗せられてとうとうクーデターを画策してしまう
【アハトの乱】
クーデター勃発前よりアイン王子は愚行を未然に防ぐ為に尽力したのだがアハト王子は全ての説得を拒否し、とうとう行動に移してしまう
結果クーデターはごく初期に鎮圧され首謀者であるアハト王子は数名の臣下に連れられて当時懇意にしていた先代ゴスピア国王の下に亡命を図った
だが…アハト王子がゴスピアの地を踏んだという史実は何処にも残されていない
史書に記された文はたった一行
「亡命途中で死亡」
これが公に残されたアハト王子の最後であった
だがアハト王子は生きていた
ゴスピア国はスラストア共和国の属国であり国王は先王ヌルの血縁者でもある
アハト王子を受け入れればその責は当然負わねばならず苦し紛れに野盗を雇い逃亡中のアハト王子一行を襲わせたのだ
だが野盗達はアハト王子を暗殺しなかった
アハト王子から提示された「うまい話」に魅力を感じたのだ
ゴスピアには暗殺成功を伝え報酬を得て野盗達はアハト王子を匿った
野盗の首領を懐柔する為に様々な策を提供したアイン元王子はいつしか野盗達の人心を掌握し、自らが首領として君臨する事となる
「アバドン」アハト元王子が自らの出自を隠す為に名乗った仮初めの名である
アバドンはいつか自分を追いやった王国全てを滅ぼしてやろう、と心に誓い
野盗グループの長所を生かし雇われの諜報部隊として名を馳せ、資金を集める為にアバドン商会を立ち上げ巨万の富を得る事に成功した
アハトは王としての器はなかったが商人としての商才は神憑っていたのだ
各国の軍部が不得手としていた諜報活動を一手に引き受けその活動で得た情報から商機となるモノを選別し、アバドン商会で扱う
隙間産業から発達したアハトの商売はすぐさま各国の内側に楔を打ち込んでしまったのだった
そんな中、とある噂が耳に入る
ードラールは既に滅び国内には金銀財宝がそのまま残されているー
そう、初めは国家転覆の為の活動資金としてドラール王国に眠る財宝を手中に収めようと動いただけだった
だが実際ドラール領内に踏み入って遺された古代兵器を見て考えが変わってしまう
(これらの兵器を使えば余を裏切った国どころか世界を滅ぼせるではないか‼)
運命に弄ばれ復讐を誓ったアハトは既に正気ではなかった
高い知能を持つアハトからすればドラールに遺された兵器達の操作方法などさして難解ではなかった
とは言え解析に1週間を要して漸く全ての操作方法を解読すると自身の配下である元野盗達を集め全て抹殺してしまう
アハトの下には今武力という絶対的な力がある
世界を滅ぼそうとすれば配下とは言え阻止に動く者もいるかも知れない
その為に発覚する前に全ての憂いを断ち切ったのだった
「フフ…この世界を地震という災厄で滅ぼしてくれるわ」
地中深くで永く眠っていた兵器に命令を下し自身は各国の王や民の叫びを聞く為に飛行船に乗り込み大空へと飛び立ったのだった




