324 上陸、そして
ビターズ商会操る商船の旅も1週間が経過した
日中は次々と襲って来る海魔獣倒し、夜は乗組員達から北の大陸情報の聞き出しと何となく生活リズムが生まれて来ていた
「姐さん、どうせ倒すなら海魔獣の素材を取らせて下さい‼」
ババンの申し出を受けた日向子達は倒す手段を細切れではなく急所をひと突きして倒す方法に切り替えたのであった
「ババンさん、いくよー」
ドンッ‼ギャッ⁉…ドサッ‼
たった今も眉間を手甲剣にひと突きされて絶命したケートスが甲板に良い具合に落下し、それを乗組員達が手慣れた感じで捌き始めていた
途中から数えるのも面倒になった海魔獣の襲撃もこの1週間で既に3百回は越えている
「しっかし倒しても倒しても全く減る気配がないわねぇ…」
素材を提供する事で日向子達を送ってくれているビターズに恩返しをしようと思い始めてから
次第に流れ作業の様に海魔獣を倒して来たが普段はこんなに襲われて平気なのか?と思わず心配になって訊ねたのがつい昨日の夜の事だ
「普段はなるべく海魔獣達を刺激しない様に航海しているので今の状態にはならないな」
とビターズに言われ呆然としてしまった
要は海魔獣が活発化する日中は静かに航行出来る様に穏形魔法を習得している乗組員に交代で見張らせながら進んで行くのだそうだ
「え?なら何で初日からあんなに襲われてたの?」
という日向子の問いに対する答えはあまりにも単純明快であった
「恐らく日向子さんとキメさんの存在が海魔獣を刺激してるんじゃないのかな?」
…だそうだ。
気性が荒く酷く好戦的な海魔獣達は日向子達という強い光に寄って来たスルメイカ、と言う訳だ
そう説明されたら狩らずにはいられない
何せ自分達が原因で商船の乗組員達を窮地に追いやっているのだから
その話を聞いたキメは早速乗組員達から穏形魔法を教えて貰い習得して日向子にも伝授した
試しに穏形魔法をオンオフして比べた所劇的に襲撃の数が減った為以降は必要最小限の狩りをして船の倉庫が満ちる迄狩って後は穏形魔法をオンにした
それから6日、ビターズの商船は穏やかな航海を送りいよいよ北の大陸を眼前に捉えたのである
「頭ぁ、ハシル族が出迎えに来てますぜ‼」
物見台に登っていた見張り役が陸地で待機していたハシル一族を目視したのは予定通り半月後の昼の事だった
「やぁ、ポックル長老。わざわざ出迎えてくれて感謝するよ」
上陸してハシル一族に挨拶をするのはビターズの慣習だそうだ
「お前達、誰だ?」
ポックル長老は見慣れない日向子とキメを警戒している様子だ
「長老、このお二方は俺の客人だ。ドラールに行きたいと俺の船に乗ってやって来たんだ、面倒を見て欲しい。」
ビターズは長老にそう頼むと道中日向子達が狩りまくった海魔獣の肉を手渡した
「これは…ケートスの肉か?」
「そうだ、あのお二方が沢山狩ってくれたお陰で他にも沢山土産があるぞ?」
ビターズは乗組員達に指示を出し倉庫に積まれた海魔獣の素材を山積みしていった
「おぉ…おぉ…これほど沢山の海魔獣の肉や素材を…これがあれば我等は楽に一冬を越せるだろう」
どうやらババンの機転により日向子達は長老に受け入れられた様だ
「じゃあ日向子さんとキメさんを宜しく頼んだぜ?」
「うむ、任せろ。ハシル族は強者を無下にはしない」
長老の口笛で呼ばれたハシル族のソリが海魔獣の肉や素材を往復しては積んでいる
「日向子、キメ、ワシと共に来い」
長老はホクホク顔で日向子達を歓待したのであった
「じゃあ日向子さん、お気をつけて。俺達が次に此処を訪れるのは3ヶ月後だが…大丈夫かい?」
ビターズは心配してくれている
「うん、いざとなれば転移出来るから大丈夫よ。此処までありがと、ビターズさん」
たった半月の航海ではあったがビターズと日向子達には目に見えない絆が確かに生まれていたのである
ポックル長老に誘われ日向子とキメはハシル一族の集落へと案内された
ハシル一族の住居はイグルーとゲルの混合型の様なテントだった
組み立て式の円形テントは布張りでその周りを圧雪されたブロックで覆われている
テントの中は暖かく防寒具を脱いでも汗をかく程であった
「客人、座るがよい」
長老は日向子達に着座を勧める
椅子はなく床に直に座る形なのだがその床にはフカフカした魔物の毛皮が敷き詰められていてクッション性が高かった
「して客人。ドラールに行きたいとの事だが何故行かれるのだ?」
柔和な顔をしている長老だが目が笑っていない
ドラールに行くと主張している日向子達を酷く警戒している様子だった
「実はですね、…」
日向子は正直にここ最近起こった出来事とそれに基づく推測を長老に話した
「…ふーむ、それでドラールへ…」
「はい。何もなければそれで良いしあれば災害の原因を排除したいと思ってます」
日向子の真摯な態度に最初警戒していた長老も次第に心を開き始めていたのであった




