279 救世主伝説の誕生 part3
呪術集団を縛り上げた日向子の元にキメ、アーチ、チャントがやって来て状況確認を行っている
チャントはその状況に戦慄を覚えどうやったらこんな芸当が出来るのかを訊ねたが日向子が全く意に介さず質問を已む無く取り下げた
そんなチャントを尻目にアーチは縛り上げられた集団の1人をガン見していた
「…ベルガ…か?」
アーチがガン見していた人物、恐らく集団の長は両目を包帯で塞いでいた為アーチも知人だと確証が持てない様子だ
アーチは恐る恐るその人物の包帯を外していく
「…うっ‼」
包帯の下に隠された両の眼は抉られその瞼は焼かれてケロイド状に爛れていた
アーチはその変わり果てた知人の顔を見て思わず目を背けた
「知り合い…なんですか?」
その光景を眺めていた日向子がアーチに訊ねる
「あぁ…もう死んだ者だと思っていたのだがな…」
落ち込むアーチを他所にキメはサクサクと呪術者達を荷車に乗せて運搬を開始していた
総勢24名、荷車に山積みにしても数回は往復しないと運べない人数であったのだ
キメが一回目の呪術者を運び去った後にそれまで沈黙していたアーチがポツリポツリとベルガという呪術集団の長との関わりを話し始めた
「…ベルガは…可哀想な男だった…」
アーチの告白に日向子は大人しく耳を傾ける
「コイツは今幽閉されている第7皇子の侍従として生まれた時から側に置かれていた
元々身分の低いベルガが第7皇子の側用人に召し抱えられたのは彼の生い立ちに関係しているのだ」
「生い立ち?」
「あぁ、ベルガの生まれた里は代々呪術を生業にしている村で人々には忌み嫌われていた
だが世襲が叶わないと思った第7皇子の取り巻き達がベルガを使って上位継承権を持つ皇子達を呪い殺す…
その為だけに無理矢理両親から引き剥がされ下僕として皇子に仕えさせられたのだ」
その後、アーチから聞かされた話を要約すると
ベルガは第7皇子の取り巻き達の願望を叶える為に生まれて直ぐに虎穴に放り込まれたらしい
王室の闇、呪術集団による拷問に等しい修行
修行と言えば聞こえが良いがその実態は対象となったベルガにひたすら呪詛を掛け続けその体内で呪術の効力を競わせる
「…まるで蠱毒ね…」
蠱毒とは日向子の前世に於いてまことしやかに囁かれていた古代中国の少数民族による呪術である
五月五日に百種の蠱を一つの器に入れ互いを競わせる
大きい蠱は蛇、小さい蠱は虱といった蠱達が互いを殺し食む
最後に生き残りし蠱を以て人を殺す。
蛇が生き残れば蛇蠱、虱が生き残れば虱蠱とも言う
日向子の頭に何処かで読んだ蠱毒の知識が呼び起こされた
「…北半球にも同じ呪術が?」
「いえ、これは…私がいた世界で伝説として残っている呪法…ですかね?」
ともかくベルガは蠱毒の蠱ではなく「器」として様々な呪術をその身に受け、それらを内包していった
最終的に全ての呪術に耐えきったベルガを待ち受けていたモノは…
称賛ではなく「畏れ」だった
呪術集団からしてみればベルガが全ての呪術に耐えきるとは思っていなかった
いずれ呪術がベルガの身体を侵し朽ちる前に追い落としたい人物にベルガを仕わせる
要は自爆人間として放り込む予定だったのだ
だがベルガは生き抜いてしまった
全てを内包し、その呪いを外に放つ事なく耐え抜いてしまったのだ
発動しない罠など何の役にも立たない
王室お抱えの呪術集団はいざとなればベルガを殺しその死骸を対象者の元に放り込む謂わば人間手榴弾として第7皇子の側に仕えさせたのだった
運命の歯車は何処で狂ったのだろう?
結果を焦った第7皇子の取り巻き達は皇子を唆し稚拙なクーデターを画策し自滅してしまった
その際、暗殺を目論んでいた事実を隠蔽する為にベルガは密告され無実の罪を被せられたまま処刑された、とアーチは聞いていた
だが今、アーチの前には変わり果てたとは言えかつて見知ったベルガが縛り上げられて昏倒していたのだ
「これは…もしや兄上が?」
アーチの脳裏には既に幽閉されている第7皇子、若しくはその復権を願う勢力の陰謀が今回の事件に絡んでいるのでは?
そう考えざるを得ない事実が目の前で横たわっていた
「…日向子殿…申し訳ないが一旦ゴスピアへ…叔父上の下に帰らせてくれ…」
アーチの願いを聞き届けた日向子はチャントとキメに現状待機と伝えるとアーチを抱えてゴスピアに向かって飛び立って行った
馬車で行けば数日でも日向子が飛べば数時間の距離である
日向子の安全運転?で運ばれたアーチはゴスピア城に降り立つと兵士の制止も聞かずにツヴァイ王の下へ走り出した
ツヴァイ王に会ったアーチは全ての事実と自らの考察を伝えツヴァイ王に判断を仰いだ
「…アーチよ、覚悟を決めよ」
ツヴァイ王はたった一言そう告げた
それだけでアーチは自分が何をすべきか、何を求められているかを悟って覚悟を決めたのであった




