275 募る不満
石畳を踏み鳴らし馬車はとある建物の前で停車した
「お待たせ致しました。少々お待ち下さい」
チャントは手綱をキメに預けヒラリと馬車を降りると建物の裏手に走って行った
「へぇ~、チャントさんの実家って凄い立派な宿屋なのね」
日向子は目の前にある大きな宿屋を見上げて驚いている
「俺も幼い頃からチャントの両親には良くして貰っていてな、ここの料理は旨いんだよ」
アーチは絶品料理を思い出したのか少し明るい表情になった
「そうなんだ?楽しみだわ」
それにしてもチャントの帰りが遅い、既に5分程経っているがなかなか戻って来ないのだ
「…何かあったのかしら?」
日向子とキメには索敵モードな為に本当は状況が把握出来ている
宿屋の裏手でチャントと恐らく彼女の両親が揉めているのだ
どうやら日向子達の受け入れは問題ないのだが馬を世話する奉公人がおらず泊まらせる事に抵抗があるらしい
十分なサービスを提供出来ない事を気に病んでいる所を見るとチャントの実家は凄く良い宿屋なのだろう
「アーチ様がいらっしゃるのに渋るなんて父上も母上もどうかしてるわっ‼」
どうやら何とか話がついたのかチャントが裏手から文句を言いながら歩いて来た
「…チャントさん、いい加減な商売をしていないからご両親は難色を示したんだと思いますよ?」
日向子はご両親の気持ちを察してフォローを入れたつもりだったがチャントは目を丸くして日向子を見ていた
「…どうしてそれを?」
…あ、しまった
アーチとチャントには日向子達が索敵している事を知らせていない
なのに裏手で揉めていた事実を言い当ててしまったのだ、驚くのは当然の事だ
「…えっ?ほ、ほら‼何かチャントさんが出て来るの遅かったから…多分宿泊させるのに難色を示されたのかなぁ?って思ってね⁉」
「…そうですか…?」
懐疑的なチャントをゴリ押しで言いくるめてその場を取り繕う
バサッ、バサッ…ギャーーースッ‼
その時上空から奇声をあげて魔物が急降下して来た
日向子は馬車の屋根に飛び乗ると手甲剣でその魔物を一刀両断、真っ二つに斬り裂いた
名前は知らないが日向子には何となく見覚えがある姿の魔物だった
プ…何だっけ?
あぁ、プテラノドンだ‼
魔物…で良いのかしら?と思う恐竜タイプの魔物が地面で半身を痙攣させていた
バタンッ!
「チャント‼アーチ様‼ご無事でしたかっ⁉」
「…きゃあ‼」
魔物の襲来と戦闘の音に宿屋から飛び出て来た中年夫婦は馬車のチャントとアーチの安否を気遣い両断された魔物を見て悲鳴をあげている
「と、とにかく此方へ!」
チャントの両親は馬車ごと宿屋の入り口から日向子達を迎え入れた
扉という扉を固く閉ざしている為昼間なのに薄暗い宿屋の中に使用人達が怯えながら一塊になって日向子達を見ている
「…父上、母上、話して頂けますか?今この国で何が起こっているかを」
チャントは両親に説明を求め、両親は疲れた表情で静かに頷いた
日向子達が乗って来た馬車は中庭に移動され馬達は厩舎に連れられて行った
馬番が逃げてしまったとの事で幼い使用人がおっかなびっくり馬を引いて歩いて行った
日向子とキメは倒した魔物の処理をする為に外に出たが血の匂いを嗅ぎ付けたのか処理が終わる迄に数回同じ魔物に襲撃を受けた
その都度日向子かキメが魔物を瞬殺していたのだが宿屋の中からその光景を見ていたチャントの両親と使用人達は呆然としたまま日向子達を傍観していた
「…チャント、あの方達は一体…」
チャントの両親は日向子とキメの手際の良さに酷く驚いていた様子だ
何とか死体の処理も終わり日向子が宿屋に戻ると小さな子供の使用人達に熱烈歓迎された
屈強な兵達でも持て余す魔物をバッタバッタと斬り倒す日向子達をヒーロー(勇者)だと思ったのだろう
とにかく小さな使用人達の興奮が収まる迄チャントの両親からの話はお預けとなった
「…では改めて説明を。」
子供達の興奮が少し落ち着いた所でチャントの両親が大人の使用人達に下がる様に命じ、静かになった所でチャントが切り出した
「…1年前、城の上空にさっき見た魔物が群れで飛来したんだ。その時丁度城では7女シエン様の5歳のお誕生日を祝って庭園パーティーが開かれていてな…
突然空から襲って来た魔物に衛兵達の対応が遅れて…シエン様を始め相当数の貴族、王族、兵士が犠牲になったんだよ」
アーチもチャントも驚きを隠せない
そんな事件があったのなら情報が伝わって来ていても不思議ではない立場にいるのに全く初耳だったからだ
その後も続く説明は日向子達も顔をしかめる内容の連続だったのである




