274 国と兵士の怠慢
馬車の軸が重さでたわむ程の収穫物(魔物)を載せやっとの事で入場門に辿り着いた
「隊長‼門が、門が閉まったままです‼」
チャントが馬車を降りて詰所に行くも無人だった様で直ぐに馬車に戻って来て報告した
「うーむ…おかしいな?この時間なら往来もある筈だし開門していなければおかしいのだが…」
顎に手を当てて考え込むアーチ
「隊長、通用門であれば開いているかも知れませ。回ってみますか?」
「…あぁそうだな。通用門に向かおう」
アーチは馬車を通用門に向けて動かす
入場門の裏手にある通用門はかなり距離が離れているらしくアーチは始終渋い顔をしたまま手綱を握っていた
此処デスピアの外壁は外敵対策だろう、幅10m程の外堀があり門に至るには渡橋を使わなければならない
トテトテと馬車を走らせる音だけが周囲に響く程に外壁が静かなのは異常な事だった
普通は魔物や敵の襲来を警戒する歩哨の気配位はある筈なのに日向子達の馬車は警戒される事もなく通用門のある橋へと辿り着いた
「…こちらも閉まってますね…」
チャントは呟きアーチは警戒している
「以前来た時はこんな事はなかったのに…一体どうなっているのだ?」
アーチが心情を吐露するのと人が動く気配がしたのはほぼ同時だった
…ガッチャガッチャ
「ん?貴様等ソコで何をしている⁉」
声の主は遥か上、外壁の頂上から日向子達を見下ろしていた
「私達はゴスピアからやって来ました。中に入れては貰えないでしょうか?」
日向子は声を張り上げて声の主に入国許可を求める
「んー…ちょっと待っていろ‼」
恐らく歩哨兵だろうが全く緊張感がない
しかもその1人の気配を除いて城壁近くに人の気配がないと言うのも不自然だ
「…日向子殿、油断は禁物ですよ」
アーチは最悪の事態を想定して剣の柄を握ったまま動かない
「うーん…罠?にしたら人気無さすぎだし異常事態ならもっと雰囲気が出ると思うのよね…これって何て言うの?…もぬけの殻って感じかな?」
緊張しているアーチ達とは逆に日向子とキメはのんびりしていた
お互いナノ細胞を周囲に展開して索敵している為に半径500m程の人の動きは既に把握していたのだ
アーチ達にキマイラの能力を全て公開するつもりはないのでここはアーチ達の反応に従っている
…ゴガン、ゴゴゴゴゴ…
10分程待たされて漸く通用門の扉が開かれた
驚いた事に急遽増強されたのか、門の厚みが普通の門の2倍程に増築されていた
日向子の脳裏には某大国の大統領専用車両のドアが思い出されていたのは余談である
「ゴスピアから来た、と言ったな?あの魔物達を潜り抜けてどうやって無事に来れたのだ?」
開門してくれた兵士は先程外壁のてっぺんから日向子達に声を掛けた人物らしい
戦争にでも行くのか?という重装甲の甲冑をガッチャガッチャと鳴らし周囲を警戒している
《主、こいつからは恐怖の匂い匂いがしているな》
(ええ…)
日向子とキメはナノ細胞のお陰で無言相互通話が可能になっている
歩哨兵から感じ取れる感情は「恐怖」、恐らく魔物の襲撃を恐れての感情だと思われる
「確かにデスピアに近付く程に魔物が増えていったが…護衛兵はどうしたのだ?何故討伐に出ないのだ?」
アーチは歩哨兵に食ってかかっている
「そ、そんな事言ってもだな‼王命なんだから仕方がないのだ‼」
「…王命?」
「ああ、『我が兵は全て我を護り襲撃に備えよ』っていう王命でこの国の兵は全て王城周辺に集結してるんだよ
…全く馬鹿馬鹿しい話だぜ…おっと、口が滑っちまった。今のは内緒だぜ?」
「…そんな馬鹿な…」
アーチとチャントが魂が抜ける程呆れていると上空で爆発音が鳴り響く
…ボウンッ‼ギャギャア‼
飛行型の魔物の襲来を攻撃魔法で撃退したらしい
「飛ぶ魔物は外壁なんかお構い無しだからな…この国で一番安全なのは俺かも知れないぜ?」
自嘲気味に吐き捨てる歩哨兵の背中は余りにも疲れ果てていた
何とか入国を果たした日向子一行は馬車に揺られて王都の中心を目指す
外壁の外側から平民、商人、貴族とドーナツの様に区分けされた居住区には誰1人歩いていない
「…ともかく宿を取ろう」
アーチの沈んだ声にチャントは気遣おうとするがこの風景を見て尚フォローを入れる様な明るい話題が思いつかなかったらしく黙って前を向いて手綱を操る事しか出来ない様子だった
「…ここの王様は市民は守る気がないみたいね…」
日向子は建物の先にチラチラと見え隠れする重装甲兵達の姿を認めているが彼らは全てその奥にある城、つまりは王を護る為に配置されている
「幾ら襲撃に怯えようとも民を蔑ろにするとは…兄上は何を考えているのだ…」
アーチの嘆息はいつまでも続く
人1人いない大通りを馬車で進むと恐らく普段であれば大勢の人で賑わう繁華街に辿り着いた
木戸で塞がれた商店が建ち並んでいるが建物からは大勢の人の気配が日向子一行を窺っているのが分かる
「ねぇ、これって宿も閉鎖されてて泊まらせてくれないんじゃないかしら?」
日向子は極々当たり前の事を呟くとチャントはそれを否定した
「今から向かう宿は大丈夫です。私の両親が経営している宿ですから」
チャントの言葉に日向子はホッとた
最悪街中で野宿という事態は回避出来た様だ




