236 始祖の力
絶対強者ラクル、拷問姫又の名を苛烈姫と呼ばれる日向子はその字を授かるに充分たる力を発揮し魔物の氾濫を見る間に平らげていく
空中に退避しその一部始終を目撃していた衛兵達はその場を動けずただただ二人の戦いに目を奪われていた
《あ、あんな戦いに誰が加勢出来ると言うのだ?》
《俺達じゃ加勢するだけ無駄だろうな…》
日向子が巻き起こす血霧の渦をラクルの高速攻撃が切り裂きながら魔物を屠って行く
ラクルは日向子の風の渦に合わせてその直線的な攻撃を円周運動に切り替えていた
〈日向子‼あと少しで氾濫は治まる、加護を絞ってくれ〉
「はいっ‼」
ビュウゥゥゥー…ギュギュッ‼
両手を上げていた日向子が胸の前で手を組むと血霧の渦は拡大を止め収束していく
〈後は魔物の残りと始祖だけだ、このまま始祖を攻めるぞ‼〉
渦の収束に合わせて円周運動を止めたラクルは一直線に始祖に向かって行く
日向子は残りの魔物を手甲剣で斬り倒しながらラクルの後を追っていく
【…何者だ、貴様等…】
焦点の定まらない瞳でラクルと日向子を捉えた始祖はその名を問う
〈始祖、我はバンパイア族の王ラクル。何故同族の命を脅かす様な真似をしているのだ‼〉
【…余は余を裏切った者共を許さぬ。ドグラ、マグラに与する者は全て根絶やしにする】
やはり始祖は正気を失いながらも自身を裏切った元元老院最古老達への復讐の念で動いている様だ
〈始祖、ドグラ以下始祖を陥れた者共は我が全て誅しこの世にはいない、どうか鎮まって欲しい‼〉
ラクルは始祖の残滓とも呼べる存在に語りかける
【…貴様はバンパイア族の王を名乗っていたな。余にとっては子も同然だが…先程の話を信ずるに足る証を見せよ。】
始祖の周囲の空気が一瞬で殺意に塗り替えられていく
…ギンッッ‼
〈クッ⁉これは…?〉
ラクルの視界が一瞬歪むと周囲がどす黒い血に覆われた空間に変貌した
【此処ならば邪魔は入らぬ。さぁ余の支配するこの空間から見事抜け出して見せよ、我が子よ】
始祖の言葉が空間を震わせラクルの自由を奪って行く
〈…空間ごと切り取るとは流石始祖、だがこの程度で勝ち誇られても困るな〉
ラクルは意識を集中し自らの瞳力を高める
…ギキンッ‼
【…ほぅ。余の支配を一倪にして崩すとは…得心した。貴様、我の細胞を奪いし者共に与す者だな?】
始祖はラクルが何故己と同等の力量を備えたか、その経緯を知らない
1つ言える事は裏切り者達は自分を食む事によりその力を得ていたであろう、と言う憶測だけだ
目の前にいるラクルは今まで破られた事のない瞳力支配を簡単に破って見せた
つまりはこのラクルとか言うバンパイアもドグラ達より自分の細胞を分け与えられた内の1人なのだろうと誤解したのだ
〈それは違うが…証明するのは困難だ。貴方も始祖ではあるが始祖ではない。気付いておられるのか?〉
ラクルは始祖に問う
【ふむ…確かに余の中にあったモノが欠けている感じはするが…それはドグラや貴様達を屠ってからゆっくりと取り戻そうぞ】
〈…やはり戦わねばならぬか…〉
何とか説得で正気を取り戻して貰いたいというラクルの試みは失敗に終わった
残された道はお互い死力を尽くしてどちらかが滅する迄戦う事のみだった
〈…我はバンパイアの王として国を守る責務がある。始祖よ、貴方に恨みはないが滅んで貰おう〉
【フッ…フハハハ‼余に滅びよ、とな?積年の恨みを晴らす迄は我は滅せぬ‼返り討ちにしてくれようぞ‼】
対峙する二人の気が周囲の重力場を歪める程高まっていく
「…ここは静観した方が良さそうね」
日向子は血族間の争いに口を挟むべきではないと考え一歩退いた
【…あの女は血族か?…いや…違うな。女、巻き込まれたくなくばこの場を去ね。】
「そういう訳にはいかないわね。私、その人の許嫁だもん」
【血を薄める、か…王としての矜持が足らぬ様だな。ラクルとやら】
〈始祖とは言え説教は我に勝ってからにして貰おうか〉
【女、何なら二人で戦っても良いのだぞ?諸共冥土に送ってやろう、こう見えて余は慈悲深いのでな】
「御託はラクルさんと戦ってみてから言ってね」
始祖は日向子の言い草が癪に障った様で苦々しい笑みを浮かべる
【その言葉、後悔するなよ?】
身構えるラクルに視線を戻し右手を挙げて手招きをする始祖
【さあ、余に貴様の力を見せてみよ】
ラクルは一直線に跳ぶ
ダッッ…ギャッッ‼ブンッ‼
直前まで接近したラクルは急に軌道を変え横に跳ぶ
慣性で斜め横に流れる体を捻り腕を横に払うが始祖はそれを見ずに躱す
【…遅いな。余の目には止まって見える】
恐らく始祖の瞳力は魅惑だけでなく動体視力、他の能力もあるのだろう
焦点が定まらない瞳でこれだけの見切りが出来るのだ
正気であったら…と思うとラクルは畏怖の念を抱いていたのだった




