225 恋の鞘当て
ラクルが公務に戻る迄には1ヶ月を要した
肉体的な怪我であれば一瞬で治るバンパイアも心に負った傷を癒すのは人間と然程変わらなかったのである
その間日向子はバンパイア領内で起こった魔物討伐をラクルの代わりに起こったり
被害に遭った衛兵達に料理を振る舞ったりした事でワーウルフ達からも厚い信頼を得ていたのだった
八面六臂の奮闘に保守的なバンパイア達も日向子を深く信頼し、領内では
ラクルの妃に日向子を、と望む者も数多く出て来ていた
「ラクルさん、エレモス国王が呼んでるみたいなのでちょっと出掛けて来ますね」
〈あぁ、我に断る必要もないであろう?〉
「そんな…今はラクルさんの看護師なんですから離れる時はちゃんと断らないと」
〈フッ…そうか。では気をつけて行くが良い〉
「じゃあ行って来ます‼」
日向子はペコリと頭を下げるとエレモス領に向けて飛び立って行った
。。。
バサッ、バサッ、バサッ、
「これはこれは日向子様、ご無沙汰しております‼」
エレモス城の中庭に降り立った日向子を侍従が見つけて駆け寄ってくる
「国王様、いますか?」
「えぇ、お待ちになられております。ささ、どうぞ此方に。」
日向子は侍従の案内に従い謁見の間に通される
「こんにちはー」
「おお、日向子か‼待っておったぞ‼」
国王は日向子の姿を見るや否や立ち上がってハグを求めたがサラッと躱された
「…うぉっほん‼と、とにかくよくぞ参った‼」
空振りした恥ずかしさを隠す様に仰々しく迎え直す国王に日向子は早速質問した
「今回は何の御用ですか?私ちょっと今忙しいので要点だけお願いします」
素っ気ない言葉に国王は少し寂しさを覚えてしまったが気を取り直して言葉を紡ぐ
「日向子は今バンパイア領におって知らされておらぬだろうが実は先日ワシの妃が亡くなってしまってな…」
「えっ⁉…それは御愁傷様です」
日向子はシルグ達が気遣って報告していなかった王妃の逝去を初めて知ってお悔やみを伝えた
「…うむ。妃には色々と苦労を掛けていたからな…ワシの責も否めなかろう…」
国王は伏し目がちに亡き妃との記憶を思い出しながら呟く
だが次の言葉は日向子の予想を斜め上から袈裟斬りにする程の衝撃発言だった
「亡くなってしまった事は悼む事ではあるが…逆に言えばこれで日向子を妃に迎える為の障害は無くなった、もう誰に非難される事もなかろう」
「。。。」
「ん?どうした?」
「。。。は?」
日向子は国王の言葉が全く理解出来ていない
「だから、日向子を妃に迎えるのに何も問題はなくなった、と申しておるのだ」
「。。。え?」
「だから…」
日向子の顔から一切の感情が失せたのを見て国王は次の言葉を出す事すら出来なくなってしまっていた
「…信じられない‼お妃様が亡くなったばっかりなのに次のお嫁さんとか…しかも何で私なんですか?」
怒気と軽蔑を孕んだ言葉を浴びせかけられた国王はたじろぎながらも説明を続ける
「で、であるから…国王には妃という存在は必要なのだ。対外的にもな…」
しどろもどろになりつつも何とか説明を終えた国王の目の前にいたのはいつもの優しい日向子ではなく羅刹の如き表情を湛えた鬼だった
「。。。失礼します!」
日向子は国王の制止も聞かずにバルコニーから飛び去ってしまった
「…ワシが何かおかしな事を言ったのであろうか…?」
国王は王として真っ当な事を言ったつもりだったのでその異常さにまるで気が付いていなかった
国家の父として国王の側には妃が必ず必要なのだ
それは子孫を残すという意味合いもあるが国民の安心感にも繋がる事でもあった
子を為さぬ王の治世は次代に継げるモノが無くいずれ混乱を招く
治世には世嗣ぎと妃は王族の安寧をもたらす道具としての側面もあるのだ
国王は物心つく頃からそう教えられてきていたのでその違和感に全く気付く事はなかったのだ
「全く…確かに突然だったであろうが彼処まで照れる事もないであろうに…」
恋愛の何足るか?を知らない国王は日向子の怒りには全く気付かずにそれを照れての行動だと信じて疑わなかったのであった
。。。
バサッ、バサッ、
「全く失礼しちゃうわ‼お嫁さんを何だと思っていたのかしら⁉」
日向子は国王の王としての常識に全くついて行けずプンスカ怒りながらラクルの居城へと飛んでいく
自由恋愛が当たり前の世界で生きてきた日向子にとっては永久に分かり合えない発想だったのだ
「怒って飛び出して来ちゃったけど…後で問題にならなけれぱ良いわね…」
日向子は一抹の不安を抱えながら急ぎラクルの看病に戻る為に速度を上げた
。。。
プリプリ怒って帰って来た日向子に衛兵達は掛ける言葉もなく黙って退いて通す
「…これ以上何かあったら大変だから何か策を練らないとね…」
日向子はブツブツと独り言を呟きなかわらラクルの寝室へと向かって行ったのであった




