221 決戦の地
ドラの報せを受けて日向子とキメ、シルグはラクルの居城に訪れていた
『してラクル殿、此度の戦はどう戦うおつもりか?』
シルグは冷静にラクルに訊ねる
《…斥候の報せによると敵軍は総勢数万にも及ぶそうだ。またバンパイア族より流出した兵器も同時に運搬されていると聞く》
ラクルは血の記憶により始祖から今までのバンパイア族の記憶が蘇っており失伝してしまったロストテクノロジーの記憶も受け継いでいた
〈それらの兵器を使われる前にバチルス達を殲滅せねばバンパイア領だけでなくこの世界全てが焦土と化すだろうな〉
ラクルの言葉を聞いてシルグも次の言葉を出しあぐねる
「…要はバチルスさんとかを領内に入れない様にしつつ数万の軍勢を殲滅すれば良いのよね?」
《あ、主?そんな簡単に…》
日向子のあっけらかん発言にキメは呆然としている
〈…まぁそういう事だ。〉
《…ラクル殿まで…》
キメは日向子とラクルの楽観的な発言を聞いてガックリと肩を落とす
「良い?キメちゃん。こっちはかき集めても五千人位が精々なのよ?
だったら相手が全力を出す前に叩かないとあっという間に全滅しちゃうわ」
数万対五千、圧倒的な戦力差を埋めるのは日向子達異能の持ち主達なのだ
〈敵軍は個々の意思を持たず操られていると報告があった。ならばその主を叩けば兵も必要とせぬだろう〉
『…成る程、では的は万の軍勢ではなくバチルス1人だ、と』
シルグはラクルの言葉に深く頷いている
「となると問題はどうバチルス本人に最短で近づくか?よね」
日向子達とラクル、元老院は寸暇を惜しんで戦略会議を続けていたのだった
。。。
(…生体加粒子砲、発射用意‼)
…ゴウンゴウンゴウンゴウン…
(…発射‼)
…ゴウンゴウン…ズバッッ‼
バチルス王率いる不死の軍団は目の前を塞ぐ深き森に生体加粒子砲という謎多き兵器を発射した
目の前にあった筈の森が一瞬で蒸発し、広い道が現れた
(進軍‼)
ザッッ、ザッッ、ザッッ、
バチルス軍が携行する兵器は古のバンパイア族より伝わるオーバーテクノロジー兵器だった
現在は失伝し、バンパイア族ですら所有していない破壊兵器をドラウグル達は保有しているのだ
(フッ、この忌まわしき兵器で自ら滅せられるバンパイア共の悲痛な顔が目に浮かぶわっ‼)
バチルスの勝利を確信した高笑いが焦土と化した森にいつまでも響いていた
。。。
一方日向子達は地図を眺めながら意見を交わしている最中だった
〈先程の報告では森程度では進軍速度は緩まなかったそうだ〉
ラクルは戦略兵器により森が焦土と化した事を日向子達にも伝える
「…不味いわね…黙って進軍させてたら周囲の被害も甚大になっちゃうわ…」
日向子は兵器による環境破壊を心配している
『ならば国境より手前にあるこの渓谷を決戦の地としてはどうだ?此処ならば兵器の使用も制限されるのではないのか?』
《…成る程、それは名案です‼》
シルグが指差したのはバンパイア領より遥かにデストピア寄りにある渓谷だった
〈成る程、ここなら橋を架ける事をしないバチルス軍ならこう進むだろうな…〉
ラクルの指は渓谷の底をなぞってバンパイア領に侵入するルートを描く
「問題は此処にどうやってバチルス軍を導くか?になって来るわね」
バチルス王にしても歴戦の勇者だ、自らを窮地に陥れる様なルートは通らないだろう
〈日向子、我等の能力で奴等の都合の良い夢を見せてやろう〉
「えっ?」
ラクルは何か思い付いた様だ
この案を基軸に兵士達の配置も決まり後は進軍を始めるだけとなった
〈ワーウルフ達よ、お前達の仲間を奪った者共に復習を!〉
ウォォォォォーーーン!!
狂犬病ウイルスで仲間を大勢失ったワーウルフ達はラクルの号令に力の限り応え吠えた
〈始祖から続く怨嗟の鎖、今こそ断ち切らん!〉
オォォォーーーッ!
バンパイア達もラクルの号令に応える
〈出撃!〉
装備では劣るが進軍速度で遥かに上回るラクル軍は目的地に向けて進撃を開始したのだった
ーデス・キャニオンー
バンパイア領より東に1000キロ、ここは死の谷と呼ばれるデストピアとの境界である
《全軍、止まれ‼》
ワーウルフの将の号令で騎馬・歩兵大隊は谷の上で進軍をやめる
《全軍ラクル様のご命令が下る迄此所で待機‼投擲兵器等の準備を急げ‼》
ワーウルフにしてもバンパイアにしても移動速度に重きを置いた編成故にそれほど重火器を持参していた訳ではない
要は使い様なのだ
キメとシルグも総攻撃に備え様々な対策の準備に余念がない
『主殿とラクル殿の策が成功する事を祈ろう』
《ええ、失敗すれば敗北は確定したも同然ですしね…》
日向子とラクルはドラウグル達に見つからない様に高高度での移動をしていた
デス・キャニオンに誘い込めれば日向子達の勝利、失敗すれば甚大な被害と滅亡を意味する緒戦は今始まろうとしていた




