216 死の病 part7
日向子は苦しむラクルの前でどう治療を行えば良いか逡巡している
「どうしたら良いの?」
バンパイア細胞に強く反応するウイルス、恐らく治療すれば何らかのトラップに引っ掛かる可能性が高い
だが手をこまねいていればラクルは確実に死に向かって加速していくのだ
「どうしたら…」
日向子の迷いを振り払うかの如くキメが助言を与える
《主、キメラ細胞でラクル殿の細胞を一時的に置き換えるんだ‼》
「…えっ⁉どういう事?」
《ウイルスに蝕まれている細胞を正常な細胞をコピーしたキメラ細胞で置き換えると言う事だ》
日向子はキメの言っている事が全く理解出来ていない
《とにかくやれば分かる‼先ずはラクル殿と触手で繋がれ‼》
「う、うん‼やってみる‼」
日向子は苦しむラクルの側に座りこめかみに手を触れた
触手がラクルの肌を侵食し意識が繋がっていく
「あ…そういう事か…」
日向子の視界はラクルの体内活動を捉えだし目の前にビジョンとして写し出される
「これは…赤血球ね?あの噂は本当だったんだ…」
日向子の脳裏には前世で見た吸血鬼の映画の記憶が甦る
「鎌状赤血球」
人間であれば遺伝性の貧血症で悪化すると疼痛を伴ったりする不完全優勢遺伝型の遺伝子異常だ
主に黒人が発症し同型接合体遺伝子であれば成人前に死亡する程酸素運搬機能が低下する
映画ではこの珍しい赤血球を吸血鬼の特徴と解釈していたがラクルの血液は正にそれだったのだ
「あ…これか…」
日向子が更に深く潜ると赤血球は見る間に大きくなりその中にまた新たな模様が見えてくる
すると以前授業で習った細胞以外に刺が沢山生えた細胞が見え、更にその刺細胞が周りの細胞を攻撃しているのが見えたのだ
「…これが狂犬病ウイルスかな…」
だとすれば時間は余り残されていない。
何しろその刺細胞は異常な速度で分裂し、周りの細胞を侵し続けていたのだ
「えっと…バンパイアの正常な細胞が鎌状赤血球だとしたらソレをコピって増殖させれば良いのね?」
日向子はキメラ細胞で鎌状赤血球のコピーを作成し「増殖」の指令を与えて放つ
それと同時に「ヤマ勘」で刺細胞の刺を封じるキャップ状の細胞を生み出しこれには「増殖・接合」の指令を与えて放ったのだ
…ゾワァァァッ‼
日向子より放たれた細胞達は刺細胞の増殖速度を遥かに上回る速さで増殖を開始した
キャップ状の細胞が刺細胞の刺を全て封じるとコピーした鎌状赤血球がソレを逆に侵食し始める
物凄い轟音と共に瞬く間に刺細胞は駆逐されたのである
「ん、これで大丈夫そうね…」
日向子はその様を確認すると触手を伝って自分に意識を戻した
《どうだ?主?》
キメは意識を取り戻した日向子に問い掛ける
「うん、多分これで大丈夫だと思う」
バンパイアやワーウルフ達も固唾を飲んでラクルの様子を伺う
〈うぅ…〉
その時である。
ラクルが低く唸り声を発すると同時に体中から血の霧が噴出し始めた
〈《ラ、ラクル様ぁー‼》〉
その様子に皆血相を変えて駆け寄ろうとするが日向子は手で制した
「大丈夫、多分悪い細胞を体外に排出してるのよ」
〈ほ、本当なのですかっ⁉〉
異常過ぎる光景にバンパイア達は信じられないと言った表情でラクルを見守った
初め視界を遮る程噴出していた血の霧が徐々に収まって来る
それと共にラクルの体が更に引き締まり以前とは比較にならない程の覇気を帯びだした
〈これは…?〉
ラクルの体の変化を目の当たりにしたバンパイア達は日向子に説明を求めたが日向子も分かっていなかった
「…さぁ?」
〈そ、そんなっ⁉〉
だが先程迄生気を失いつつあったラクルの体は確実に回復…というより更に強大になっている様だ
日向子達が見守る中、血の霧は収まり目に見える程の覇気を纏ったラクルが目を開く
〈…此処は…?〉
〈あぁ‼良かった‼ラクル様‼〉
見守っていたバンパイアは手を合わせラクルの復活を喜んでいる
「もう大丈夫そうね?」
日向子がラクルに話し掛けるとラクルは不思議そうな顔で日向子に訊ねる
〈日向子…我に何をしたのだ?〉
「…ワーウルフに噛まれて死にそうになった貴方を助けただけよ?」
ラクルは日向子の答えに首を傾げながらも起き上がった
…ギュッ、コキコキ…
ラクルは自分の体を確かめる様に掌を握ったり首を回したりしている
〈…まるで生まれ変わったかの様だ…〉
「ちょっと具合を診させてね」
日向子はラクルのこめかみに手を当てて触手を這わせる
。。。
〈…どうだ?〉
ラクルの問い掛けに日向子は直ぐに答えずスッと手を下げると首を傾げながら考え事をしている
〈ひ、日向子様⁉ラクル様のご容態は悪いのですかっ⁉〉
バンパイアの問いにやっと合点がいった日向子が答える
「えっと…ラクルさんは…始祖と同じ体になっちゃった☆」
!!??
治療室にいた全員が衝撃をうけたまま固まってしまっていたのだった




