215 死の病 part6
日向子はキメの治療を行いながら狂犬病ウイルスに侵されたキマイラと対峙している
「…このキマイラに聞いた所で自我はもうなさそうね」
目の前にいるキマイラは焦点の合わない目を左右に揺らしながら日向子に接近する
「…黒幕は何処?いるのは分かっているのよ‼」
日向子は何もない虚空に向けて叫んだ
…スッ…
「フフッ、まさか俺の存在にキヅクとはな。そのキマイラを使役している所を見ると貴様もテイマーか?」
黒いマントを被った男が暗闇から姿を現した
「どうしてこんな事をするの?バンパイア達に何か恨みでもあるの?」
日向子は黒マントの男に目的を訊ねる
「フッ…死にゆく者に語る口は持っておらぬ。そのまま逝け!」
男はキマイラに日向子を襲う様に仕向ける
グアァァァッ‼
「…馬鹿ね、気付かないなんて」
「!?何をっ⁉ケピャッ!?」
キマイラをけしかけた男のこめかみに触手が突き刺さっていた
日向子は黒マントの男に語りかけたフリをしつつ触手を背後に伸ばしていたのだ
「どうせまともに聞いたって話してくれるなんて思ってないわよ、甘く見たのが運のつきだったわね」
テイマーのコントロールから離れたキマイラは目の前にいる日向子目掛けて突進してくる
「アンタの方が厄介ね、これで逝きなさい‼」
…ゴウッッ‼
日向子は風の加護を生み出しキマイラの体を覆う
凄まじい風の渦に巻き込まれたキマイラは身動きも取れないまま崩壊を始めた
「な、どういう事だ!?」
触手により動きを封じられた男は目の前で崩壊していくキマイラを見て驚愕する
「私だってキマイラが厄介な相手なのは知ってるわ。だからナノ攻撃に切り替えたのよ」
「?」
キマイラは多くの細胞を取り込んだ複合生物である
キメの様に取り込んだ生物を自在に操る能力を持っている以上、どんな危険な攻撃を持っているのか分からないのだ
日向子はキマイラを封じる為に風の加護で捉え更にその中に超極小サイズの風の刃を無数に生み出した
細胞レベルの風の刃はキマイラの細胞単位で切り裂いて男の目にはまるで崩壊している様に見えたのだった
サァァァァー…
吠える事も叶わず黒マントの男の目の前で砂塵の様に霧散していくキマイラ
「…そんな…」
男の心は完全に折れてその場で跪いてしまった
「さ、黒幕とか目的とか白状して貰わないとね」
日向子はまだ回復しきれていないキメと男を担いでラクルの居城へと飛び立った
。。。
バサッ、バサッ、スタッ
《日向子様‼ご無事でしたか‼》
衛兵が日向子を見つけて駆け寄る
「ラクルさんは?」
《それが…思わしくありません…》
「えっ⁉何で?狂犬病ウイルスに感染したの?」
《はぁ…私には分かりかねますが普通のウイルスとは構成が違う様で…一度診て頂けますか?》
「勿論よ、直ぐ行くわ‼ラクルさんが危ないならキメちゃんも…
その男はこの騒動のキーパーソンだから厳重に監視しておいてね」
《はっ‼》
日向子は黒マントの男を衛兵に預けるとキメを担いで治療室に急いだ
〈《日向子様‼》〉
治療室にいたバンパイアとワーウルフ達は日向子を縋る様な目で迎えた
〈ラクル様が…病の進行が‼〉
治療にあたっていたバンパイアが慌てた様子で日向子に駆け寄る
「落ち着いてちょうだい、どんな症状なのか詳しく聞かせて。」
日向子の言葉にバンパイアは深呼吸して落ち着くと運ばれてからの経緯を静かに説明しだした
〈…ラクル様が治療室に運ばれてから直ぐに試薬を投与致しました。ですが症状が悪化して…ラクル様は日向子様が来る迄と言ってご自身の時間を止めていらっしゃいます〉
「流石ラクルさん、賢明な判断だわ。それにしても…ワーウルフ達に効いていた試薬が効かないなんてどういう事?」
日向子が素朴な疑問を呈する
《…主、それは俺が説明出来るぞ…》
空いていたベッドに寝かせたキメが弱々しく日向子に話し掛けた
「キメちゃん⁉大丈夫なの?」
日向子はキメの下に駆け寄りバイタルをチェックする
《あぁ、予想以上に毒性の強いウイルスで力は入らないが峠は越えた。大丈夫だ》
「…良かった‼…ん?毒性?」
日向子はキメの言葉に引っ掛かりを覚える
《…そうだ、恐らくバンパイア種族が感染すると毒性と進行速度が跳ね上がる様に操作されている》
「⁉キメちゃんは大丈夫なの?」
《俺の一部に影響が出たが隔離したから他への影響は軽微で済んだ》
「そうなんだ、良かったぁ~」
日向子はキメが無事だと聞いてホッと胸を撫で下ろした
《だが…ラクル殿は細胞的にかなり厳しいのではないか?このウイルスはバンパイア細胞を狙って攻撃してきているぞ》
「えっ⁉じゃあヤバいじゃん⁉」
始祖の血統を強く引き継ぐラクルにとってこのウイルスは致死性の高い猛毒になっていた
「…どうしよう?ラクルさんだってそんなに長く時間止めていられないだろうし…」
日向子はキメのくれた情報を聞いてラクルの治療法に悩んでいる
〈…ぐっ。。。〉
《ラクル様⁉》
どうやらラクルの時空操作も限界が近付いてきたらしく表情に苦悶が浮き出て来ている
ラクルの命は日向子の手に握られていた




