210 死の病 part1
日向子とキメはラクルの居城にて狂犬病の発病を確認し、深刻な表情をしていた
〈狂犬病と言うのはどう言ったモノなのだ?治療薬はあるのか?〉
ラクルの問いに日向子は更に難しい顔をする
「どこから話せば良いか…ただはっきり言えば治療薬はなかったの。発病したら致命的よ」
この言葉に元老院が噛み付いた
〈そ、そんなバカな⁉我らの技術を以てすれば…〉
「…そうね、そうなる事を願うわ」
元老院はプライドの高さから噛み付いたが日向子は全く相手にしなかった。それほど状況は深刻なのだ
〈…よせ。今は日向子が持っている知識を知る方が重要だ〉
ラクルの一喝で元老院は押し黙る
「狂犬病って言うのは哺乳類、そうね…犬は勿論だけど人間や動物にも伝染するわ
今回ワーウルフが感染したって事は魔獣も下手をするとバンパイアも感染する可能性がある致死性のウイルスよ」
この言葉を聞いた皆はラクル以外動揺を隠せない
「初期症状として風邪っぽい症状が出て治らずその内に恐水…水を怖がったり風を怖がったりするわ。
これは嚥下、飲み込んだ時に飲み込む為の筋肉が痙攣して痛みを感じたり神経が過敏になって風とかの外的な刺激に強く反応するの
そしていずれ錯乱や興奮、麻痺が起こって…いずれ昏睡状態になって呼吸障害とかが起こって死ぬわ」
。。。
〈死は免れぬのか?〉
「発病したらほぼ絶望的ね…」
城にいた者達は感染を免れたワーウルフ達も含めて日向子の言葉に戦慄を覚えた
〈…前世ではどう防いでいたのだ?〉
「先ずは感染源の処分ね、後はワクチンで多少は防げたけど…この世界にワクチンがないからね…」
致死性の高い疫病の蔓延、咬傷などからの感染とは言え予防学の土壌がないこの世界では脅威になり得る病気なのだ
「取り敢えず咬まれたり傷を負ったら傷口を良く洗って。バンパイアもワーウルフも治癒力高いから焼いても大丈夫よね?」
〈ああ。〉
「咬まれた部分によっても進行が違うわ。手足なら数ヶ月になるけど顔に近ければ2週間も掛からないで脳にダメージ受けるわ」
〈…なるほど。万が一の時はなるべく末端を犠牲にすれば良いのだな?〉
「まぁその考え方はちょっと間違ってるけどあながち間違いでもないわね
一番は感染者に接触しない事が肝心よ」
今まで黙っていた元老院が日向子に訊ねる
〈先程感染した者は発病さえしなければ、と聞こえたがそうなのか?〉
「うーん…私の世界ではワクチンが開発されていて発病さえしていなければ助かる確率は高かったの、確かね
でも此処はワクチンがないでしょ?発病を抑えられないなら結局は苦しませる時間を長くするだけかもね」
救い様のない答えに元老院は再び沈黙する
「えっと、先ずは感染者を隔離、疑わしい人も別に隔離して観察、発病者は処分。
これ以上の被害拡大を防ぐにはこれを徹底するしか今の所手がないわ」
〈…そうか。〉
ラクルが目配せすると元老院と非感染のワーウルフが即座に準備に移った
「私も帰ってウシャさんに治療薬かワクチンを作って貰う様に頼んでみるわ。
ラクルさん達も同時に研究して。可能性は多い方が良いわ」
〈分かった〉
「それと検体…感染したワーウルフを何体か借りるわね?ワクチンを作るには感染ウイルスが必要だから」
〈頼むぞ、日向子〉
日向子はラクルに護送車を一台借りてその中に拘束した感染ワーウルフを載せて密封、
キメにニルを呼びにいかせてその間感染したワーウルフの観察と試薬を調合し投薬を試した
半日後ニルを連れてやって来たキメは護送車を牽かせゴルドに向けて発ったのだった
ー2日後ー
…グルァァァッ‼ゴンッ‼ゴリッ‼
「…元老院達が調合した試薬は失敗ね…発病しちゃってる」
日向子は目の前で発狂して壁に頭を打ち付けているワーウルフを手甲剣で安楽死させ落胆した
〈…こうも我々の試薬が失敗するとは…〉
薬学に詳しい元老院のメンバーは過信していた己を恥じている
「貴方達の薬学はとても高度ではあるけれど予防学にまで至ってないからね、不死が関係してるんだりうけど…」
日向子は血の付いた手甲剣を煮沸消毒しながら説明する
未知の病気に対してはある程度の犠牲は付き物とは言え今回の狂犬病は感染する対象が広すぎる
今の所バンパイアに被害が出ていないのが不幸中の幸いであった
非感染のワーウルフ達には感染した者への接触を最低限にさせ咬まれた場合の応急処置も徹底させた
このお陰でパンデミックは何とか避けられている状態だった
「あ、そうか‼元老院の皆さんもゴルドに行ってくれる?」
〈な、何だと?〉
「ウシャさんと共同で開発した方が独立して開発するより速度が上がるかも知れないじゃない?」
〈わ、我々が人間の国に行くなど‼〉
元老院は以前腐敗を粛清されたばかりだが残った者達は潔白とは言え未だ人間に対する悪感情は残っていたのだ
「そんなみみっちいプライド抱えてる場合じゃないでしょ?何なら洗脳してでも行って貰うわよ?」
日向子のバンパイアアイが光を帯びると元老院達は恐怖におののいた
〈ひぃっ‼わ、分かった‼ゴルドに赴き治療薬開発に尽力しよう‼〉
同族でも失われつつあった瞳力だがその恐ろしさは十二分に伝わっている
かつてその瞳力を以てバンパイア族を恐怖で縛り上げた始祖の伝説は元老院達に取っても笑い事では済まされない事実なのだ
こうして元老院達はゴルドに向けて旅立ったのである




