188 交渉の行方
日向子達はラクルの居城にて交易交渉を繰り広げていた
「…これは?」
〈1つずつ説明しよう。先ずはこの書物だが長命のバンパイア族に残る歴史書だ。
人間の歴史書はその時々で治世者の都合の良い編纂を加えるがこれは事実のみが記されてある〉
日向子は成る程、と頷いた
史実は時に歪められて伝わるのは世の常だと思っていたが何者にも偏らない史書であればその価値は相当高いだろう
〈そしてこれは我が国の工業技術を端的に示す一品だ。人間の国では未だ此処までの技術は持ち合わせておらぬだろう?〉
日向子は示された機械仕掛けを手に取り品定めすると少し驚いた
デジタルに慣れた日向子にはその品に組み込まれた緻密な歯車やギアが芸術に見えたのだ
「これは…クロノグラフかな?」
今度はラクルが日向子に驚かされる
〈知っておるのか?〉
「えぇ、私の元いた国では一部のファンがいたわね。…でもこの世界では革新的なんでしょうね」
精密機械技術などまだこの世界では希有な技術なのだ
〈…お前の言う前の国とはどれだけの技術を有していたのだ…?
まぁ良い。次はこれだ〉
ラクルはその隣にある見事な工芸品を指指した
〈我が国からは蓄積された知恵と技術を提供しよう。そちらからは農業や畜産等の知識を頂きたい〉
ラクルは日向子に直球で攻めてきた
恐らくだがバンパイア族は生産的な技術は必要としなかった為に色々と遅れているのだろう
だがその僕のワーウルフ達は半人半狼だ
当然だが食料を確保出来なければ死に絶えてしまう
そこを改善する為の交易交渉なのだ、と日向子は理解した
「成る程ね、分かりました。ただバンパイア族との交易となると抵抗を示す領民もいると思うので一旦この議論は持ち帰って良いかな?」
〈当然だ。色好い返事を待っているぞ〉
「あはは、ご期待に添える様に努力してみるわね」
日向子達は挨拶をして帰ろうとする
〈待て、これは手土産に持って行くが良い〉
そう言うとラクルは日向子の敵対勢力の調査書を放り投げた
「えっ?これは交渉条件の一部じゃなかったの?」
〈それはお前を呼び出すエサだ。もう用はない〉
ラクルはすげなく答える
「もう、こんなのが無くても来るわよ?」
少し怒った日向子はプリプリしながら城を後にした
バサッ、バサッ、バサッ
『ワシ的には悪い条件ではないと思うが?』
「…私もそう思う。でもゾンビとバンパイア擬きに襲われた領民の気持ちがね、ちゃんと考えてあげないと…」
『…成る程な。それで持ち帰ったのか』
「うん。この交渉が成立したら行き来が増えるからね…」
日向子は実利的な面よりも領民達の感情を優先させたいのだった
バサッ、バサッ、
「ただいまー、えっといつもの三人を呼んでくれる?」
(はい、畏まりました)
この1年で成体となったドラゴネット達は人語を話せる迄に進化していた
話せる魔獣・神獣は多い方が良いだろう、とキメとシルグが教え込んだ賜物であった
最初にゴルドに連れてきたドラ・ドリ・ドル・ドロは二人の指導で普段に差し支えない程度の人語を話し
後からやって来たラゴ・リゴ・ルゴも現在猛特訓中だ。
ドラゴネットだけでなくブルピットのシロとペス、スレイプニルのニルは人語をマスターしたが
ユニコーンのハク達はどうも苦手な様で未だに覚えられていない
シルグに付いてきたバハムート達も徐々に特訓中だった
コンコン、ガチャ
「日向子様、失礼致します」
日向子に喚ばれて来たのはドルネ・ウシャ爺・ナクルの三人だ
「実はラクル王から交易の話が来てるんだけどね…」
日向子は一通り経緯を話し領民感情に対する不安も伝えた
「成る程のう…確かに家族を殺された領民達には受け入れ難い事かも知れん…」
ウシャ爺が唸るとナクルは神妙な顔をする
「…確かに殺された恨みとかはあります…でもこの国の発展を望むなら手を組むのもアリだとは思います」
恩讐を越えて前に進めるかは領民達次第なのだ
日向子は領主として力を振るわず領民に正否を託す事にして新生ゴルド領初の、
というよりもこの世界初の国民投票を行った
前世とは違い識字率の低さがネックとなったが投票時に口頭説明する事と◯×式にして問題をクリアした
「賛成が8割、反対が2割ね」
日向子達は開票結果を見て満足げだ
《思ったより反対が少なかったな》
『まぁ新しく転入してきた住民も含めてだからな、これでは十分とは言えないだろう』
「そうね、二度手間になっちゃったけどもう一度元避難者だけで投票してみようか…」
元ゴルド国民だけの投票では反対票が3割となったが予想以上に反対が少なかった
「じゃあ反対している人達を説得してみましょう。無理やゴリ押しは無しでね」
早速シルグと日向子が説明会を開いたが反対している住民の意見はバンパイア族に対する不安よりも
今就業している工業部門を脅かすのでは?という不安から来る反対だった
日向子達はこの誤解を解く事で理解を得ていよいよラクルとの交渉に向かったのであった




