186 覚悟を決めて
暫定的だと勘違いしていた領主の件で日向子はシルグに諭されていた
『ラクル王率いるバンパイア族との和平が成立し他国からの侵略も防げている
ゴルド領を治めるには主殿しかなり得ないのを気づいていなかったのか?』
日向子はシルグの言葉にハッとした
ヤンバ元国王の暴挙を暴き残された住民を救済し
元老院の策略を打破しただけでなくラクル王との和平も結んでいる
それがなかったらゴルドはゾンビのバンパイアが跋扈する人の住めない土地になっていたかも知れないのだ
軍事国家から商業都市への転換、ウシャ爺をはじめ各分野の招致も日向子でなければもっと時間が掛かっていただろう
復興を成し得たと言ってもここで日向子が領主でなくなれば他国やバンパイア族が干渉してこないという保障がないのだ
「…じゃあ私…此処をずっと治めていかなきゃならないのかな?」
『うむ、そこまで深刻に考える必要はないのではないか?
他国の脅威を排除するか対抗しうる力を育て領民が安らかに過ごせる様にするまでと節目を作ってみては?』
「そっか、一生ここでとか考えないで設定値を決めてそこまでやれば良いのね」
日向子はシルグに諭されて少し気が楽になって来たようだ
「そうと決まればバンバン復興させて次の領主にサッと譲るわよー‼」
『《?》』
キメもシルグも日向子が何を言っているのか分からなかったがツッコんだら負けだ、と何故か感じていた
翌日から早速日向子は精力的に動き出した
ウシャ爺とドルネ、そして新たに立ち上げた工業部門を束ねるナクルとミグルを呼び出し
新しいゴルド復興案を提示した
「どうせ一度壊れた国だから復興じゃなくて再生計画に切り替えたいんだけどどうかな?」
「再生…ですか?」
「今までとどう違うんじゃ?」
「まだ立ち上げたばかりだけど…お役に立てるのでしょうか?」
日向子は三人に1枚の計画書を見せる
「これは?」
「今までもウシャさんの薬製造販売、ドルネさんの商業、
そして新たに元ドルネ国民の工業製品を発展させる所迄は同じなの
違いは街の構造自体をその推していく産業に合わせて作り替えようかと思ってるのよ」
「成る程…それは面白い試みですな」
ドルネは計画書を見て唸る
これまでの街の成り立ちは先ず城ありきの街造りだったからだ
「住民が増えたとは言えまだ元の半分にも満たない今だからこそ使いやすい街作りが出来ると思うのよね
それに今なら防衛費は私やキメちゃん、シルちゃん達で何とか出来るから安く済むし」
「国防費を街作りに、ですか…それなら案外時間も掛からず可能かも知れませんな」
この世界の国防費は人件費と兵の維持に大半を費やしている
兵器開発等はそれほど重要視されていなかったからだ
その人件費が日向子、キメ、シルグの三人で担うとしたら普通では考えられない程の額が建築等に回せる事になり
更には雇用も生まれそれに伴う二次三次産業も発展するだろう
「後から来た領主さんじゃこんな事は出来ないだろうしね、今の内にやれるだけの事はやっちゃいましょ?」
この再生案に集められた全員が賛同したのだった
国内外から募られた大工や建築業者達は潤沢な資金を元に少しごちゃごちゃしていた城下町に碁盤の様な道路を敷いた
城から伸びる太い道を中心に整然とした街並みが作られ中心にはドルネが中心となった商業区画が置かれた
ウシャ爺の工房も街外れから商業区画の隣に規模を拡大して置かれ半国営化した
その隣には部署毎に別棟を設けたナクル達管轄の生産業の区画だ
インフラ事業に軍事予算を投入したお陰で大規模な工事も一気に進み
かなり掛かると思われた工期も日向子が以前開発した鉄筋コンクリート工法により3分の1程度に収まった
ー1年後ー
「たった1年ちょっとで此処まで発展するなんて私も思わなかったわね」
ゴルド城にいる日向子の眼下には整然と建ち並ぶ近代都市が作られていた
商業・薬科・工業生産に分けられた区画に生活・居住エリアも周辺に配置され動線を考えられた街並みになっている
神獣運輸はピレネー村からゴルドに移転し物流の要となりつつあった
ピレネー村の村民全員が引っ越しを希望したので今ピレネー村はこの城下町の中に組み込まれている
「ヒナちゃんのお陰で商売繁盛だべ‼」
「ウシャもこっちに来たっきりじゃ茶飲み話も出来んからのう」
カント婆さんはウシャ爺が居なくて淋しかった様だ
「皆さんは村を離れて寂しくないですか?」
日向子は村人を気遣って声を掛ける
「ワハハ、あの村はヒナちゃんが来る前は死んどった寒村だべ。
そりゃ生まれ育った土地を離れるのは寂しいが此処は未来がある‼後悔はしねぇだよ」
村人達はそれほど気に留めていない様だ
「何か問題があったらいつでも言って下さいね」
「ヒナちゃんが領主様になってワシ等の声が直接届く様になったと皆喜んでるだべ」
「これ!ヒナちゃん呼ばわりは止めるだ‼領主様でねぇけ‼」
「あはは、そのままで良いよ。私は私だもん」
「流石ヒナちゃんだべ‼」
城内に久しぶりに笑い声が満ちていた




