170 元老院
ーバンパイア族元老院ー
〈…どうやらドラクはゴルド領主に懐柔された様だな…〉
〈薬師を救出出来なかったのは痛かった…早速別の者を擁立せねば…傀儡として使える者をな〉
円卓に鎮座する12名の老獪は口々に薬師の救出を提唱する
〈ゴルド領内に紛れ込ませた奴隷共に暴動を煽動させるか?〉
〈いや、今の領主の下復興に一丸となっておる市民は反意を抱いておらぬ〉
一通り提唱も止んで沈黙が訪れると円卓の上座に座る老師風の男が立ち上がる
〈皆の者、ゴルドに向けてワーウルフを五千侵攻させ一方で三の矢を百、隠密行動で城に突入させよう
ワーウルフ共は陽動、三の矢が薬師を救出し可能であれば領主以下僕達を排するのだ〉
…パチ…パチパチパチ…
この円卓に於いて拍手は賛成の意を表す
〈どうした?他に意見があるなら申せば良い〉
パチパチパチパチパチパチパチ…
〈では第一大隊から第八大隊を陽動の軍としてゴルドに発たせよう〉
半ば強制的ではあったが他に策がないって以上この作戦に懸けるしかなかったのだった
元老院に所属する老バンパイア達は始祖を初代とすると第二世代を担った老バンパイアが4名、三世代以降も4人ずつ選出されている
第二世代は元々バンパイア達の安住の地を求めて戦った始祖の配下で元人間だ
血統を重んじるバンパイア族に於いて第二世代は純血でもないが始祖より力を与えられている為能力は高かった
三世代以降も始祖に準じる力を持たせる為に出産前と後で始祖の血を妊婦に与えた所謂デザイナーズベイビー達だ
この中で薬師を必要とするのは二世達最古老のバンパイア達で元人間が故に肉体の維持を必要としていた
始祖が志半ばで没した後、生き残った4人の最古老達は歴代の王を懐柔し影で牛耳ってきた
そんな彼らの政治力に陰りを落としたのが先代の王の崩御後に突然現れた先王と始祖の妹の間に生まれた不義の子、ラクルである
王家の近親交配による忌み子の能力を恐れた元老院は始祖の妹を言葉巧みに凋落し、処理を目論んだが失敗
出産時に母親である始祖の妹すら瞳力で自害に追い込むという返り討ちに遭ってしまう
当時幼すぎたラクルは成長し更に力を増すと同時に母親の蛮行は元老院の最古老達が仕向けた事実を知り
元老院そのものの存在意義を問い排斥を諸侯に訴えたが賛同を得られず断念した
それほど元老院の力はバンパイア族の内部を腐敗させていたのである
そこからのラクルは元老院にとって更に邪魔な存在となったのだ
元老院の事実上の介入を防がれ懐柔した貴族の発言力も弱体化されてしまった
強まるラクル王の発言力に焦った最古老達はドラクをはじめ幾多の継承者を擁立したが悉く失敗する
独裁者と揶揄する者もいたがラクルは旧態依然とした貴族や元老院以外のバンパイアには厚遇を施した
ラクルは民意を得て元老と貴族と対峙したのである
そんな最中ドラクの策略で薬師を失い更にドラク本人もゴルドに捕らわれてしまった
今、最古老達の生き残る術は薬師を取り戻しラクルを秘密裏に暗殺、元老院の息のかかった貴族の中から王を擁するしか残されていない
〈先ずは薬師、次いでラクルの暗殺と次王の擁立。次王だがシャーロット様が良かろう〉
最古老の発言に他の世代の元老院メンバーはどよめく
始祖の最後の直系であるシャーロット伯、生まれてまだ数百年しか経っていない子供だからだ
〈シャ、シャーロット様はまだ幼過ぎるのでは?〉
若輩の元老が疑問を呈するのは仕方のない事だった
バンパイアにとって数百年という年齢は人間で言う所の幼稚園児並みの感覚である
一国の存亡を幼稚園児に託すと言われ不安に思わない者はいないのだ
〈ドラク様も捕まり残された直系はシャーロット様しかおらぬ。幼き王を奉り我等が後見人としてお支えするのだ〉
元老院、というか最古老達は目先の利権に目が眩み周りが見えていなかった
直系を凋落し王を退ける
この程度の愚策はラクルもとっくに承知している
当然シャーロットと家族に対しても元老院への対策を施していたが増長している最古老達には凋落させる自信があるのか人目を憚らず凋落を開始する
この動きが後の元老院にとって決定打となる事を最古老達は知らなかった
ーラクルの居城ー
〈…そうか。やはりシャーロットに接近したか…〉
((はい。如何致しますか?))
〈暫く放っておけ。証拠が溜まる迄な…シャーロットの両親には元老院の甘言に騙されるなと念を押しておけ〉
((…は。))
ラクルは暖炉の炎を見つめながら次の一手を模索する
(それにしても…ゴルド領との一件はどう処理したら良いモノか…)
愚兄と元老院が行った大失態の落とし所が今のラクル最大の懸念であった




