150 暗躍する者
ーゴルド領から更に北のどこかー
〈…チッ…面白くないな…〉
椅子に深く腰掛けテーブルに足を投げ出した男がつまらなそうに呟く
〈だ、旦那様、ラクル様から使いの者が来ております‼〉
〈クソッ‼余興と思ってやった事で何で俺がラクルに呼び出されなきゃならないんだ‼〉
男は怒りに任せてテーブルを蹴りあげた
ガンッ‼ゴシャッ‼
〈ヒィッ⁉〉
横にいた侍従は思わず悲鳴をあげた
〈…身支度を整えてから参上すると使者に伝えておけ‼〉
〈は、はいっ‼〉
ここ数ヶ月男の機嫌は最悪だった
退屈な北の地で隣国が滅び行く様を演出して皆に一目置かれ様と画策したが1人の人間と数体の使い魔に台無しにされてしまった
成功していればバンパイア族の中でも策士として評判が上がる予定だったのだ
それが今や計画は水泡に帰し一族でも有能な薬師は捕縛され行方知れず
絶対強者であるラクル王に頻繁に呼び出され事の始末を連日責め立てられている
〈それもこれもあの小娘とキマイラ、ドラゴンのせいだ‼〉
男は苛つきながらもラクル王の要請に応えるべく慌ただしく着替えを済ませた
ーラクルの居城ー
〈ドラク公爵様のご到着です〉
近衛であるワーウルフが要人の来訪を告げる
〈弟よ、此度の召集は何用だ⁉〉
絶対強者ラクル王の実兄、ドラクは剣呑に弟であるラクルに言い放つ
〈…兄上、毎回言っているではないか。先の騒動の始末を如何様に決着するのか言質を頂きたいのだ〉
実兄が来たと言うのに玉座に座り微動だにしないラクルにドラクは内心殺意を覚えた
〈だから今間者をゴルドに忍ばせて状況を把握しておると言っているだろうが!〉
ドラクは苛つきながら弟ラクルの詰問を躱す
〈その程度で元老院が兄者を赦すと本気でお思いか?〉
ラクルの冷たい視線がドラクを射る
〈…チッ‼ではどうしろと言うのだ?〉
実の兄弟とは言え立場を弁えない愚兄にラクルは表情を歪める
〈既に滅ぼしてしまった人間の国をどうこう言っているのではない。
薬師を一刻も早く探し出し連れ戻すしか兄者の名誉を回復する術はないと言っているのだ〉
〈だから今…!〉
実弟ラクルは王として実兄であるドラクの処断を迫られていたのだ
身内を処断する事に何の抵抗もないとは言え実行すればそれを切欠に不穏分子の反乱を招きかねない
バンパイア族の王は実力で選ばれるしきたりだがラクルは元老院に嫌われていた
ドラクの横暴は元老院の気勢を大いに活気づけていたのだ
〈…兄者、此度は王としてではなく実弟として請う。隣国の失態は握り潰せるが薬師だけは必ずや連れ戻してくれ〉
ラクルの決意の籠った眼差しにドラクは萎縮するが意地ではね除けた
〈分かっている‼必ずや連れ戻る‼〉
ドラクは退室の下知を待たずに踵を返し制止しようとしたワーウルフを突き飛ばして出て行った
((ラクル王、如何致しますか?))
〈…兄者の行動を監視し必要であれば薬師奪還に手を貸してやれ〉
((…承知。))
ラクルの背後で控えていた間者が音もなく掻き消える
〈…これで元老院を黙らせられれば兄者の生も掴めよう…〉
ラクルは手に持った盃を傾けた
ドスドスドスドス…ドガッ‼
〈クソッ!無能な弟に蔑まれようとは!〉
ドラクは私邸に戻っても怒りが収まらず所構わず当たり散らしていた
〈だ、旦那様…お心をお静め下さい…〉
ドラクの侍従は恐る恐る盃を差し出した
〈…怯える必要はない‼怒りに任せて侍従を痛めつける程愚かではないぞっ‼〉
〈は、はいっ‼失礼致しました‼〉
侍従はこれ以上怯えた姿を見せない為に早々に部屋から出て行った
〈ガントス‼ガントスはいるか‼〉
…スタッ、((は、此処に。))
〈薬師の居所は分かったのか‼〉
((…は、現在ゴルド城への侵入は不可能に近く…))
〈言い訳をするな!〉
ドラクは手に持っていた盃をガントスに投げつける
((…面目御座いません。しかし前後の経緯を考えるとゴルド領地にはいないかと思われます))
〈では何処にいると言うのだ‼〉
((騒動の前後を考えるに薬師はゴルド領からエレモス領に送致された可能性が高いかと…))
〈ならエレモスに飛べ‼どんな手段だろうが必ずや薬師を取り戻して来い‼〉
((…は、命に代えましても必ずや))
ガントスはドラクの前から掻き消えた
〈…まぁあの小娘の元にいるよりは奪還も容易いか…〉
ドラクは侍従に酒を所望する
ーゴルド城ー
《主、ちょっと良いか?》
キメは大量の書類に追われている日向子に声を掛ける
「ん?どうしたの?」
《俺が放った蜂が間者の存在を察知したがどうする?》
「えっ⁉間者?…何処からだろ?」
《状況から考えてバンパイアの一味だと思うが…捕らえるか?》
「うーん…間者を捕らえても相手を刺激するだけでしょ?今はまだ戦力が整っていないから警戒を強める程度にしておいて」
《分かった。では引き続き間者の動向を調べさせておくぞ》
「ありがと、決して無理はしないでね」
日向子は天井を仰ぎ見てため息をついた




