145 羽化の兆し
「ほんっっっっとゴメンッッ‼」
日向子は意識を取り戻したシルグと壁に力なくもたれ掛かるキメに向かって寝下座をしていた
慢心して勝手に突っ走りこれまた勝手に死んだ日向子を命懸けで救った二人…
特にキメを暴漢と間違ってぶっ飛ばしてしまったのだ
コークスクリューブローを食らったキメは回転した拳の勢いで鳩尾に大穴を穿たれ
反動で体が切り揉み状態のまま壁に叩きつけられ日向子と入れ替わりで生死の境をさ迷ったのだ
だがキメは決して怒っていない、むしろ元気に寝下座をしている日向子を「うれション」する勢いで見つめていた
「シルちゃんも私に血を分けてくれたんでしょ?…本当にゴメンね…」
日向子の瞳には決壊寸前の涙が溢れ出している
『…主殿に死なれると楽しみが減るからな…それにキメが…』
《!?ウォッホン!ゲフンッ‼ゲフンッ‼》
シルグのぶっちゃけにキメは慌てて咳き込んで言葉を遮った
「…キメちゃんが?」
(誤魔化し切れてなかったぁぁ‼)
キメは慌てて立ち上がろうとして吐血し、その場に倒れた
「ちょっ、ちょっと?キメちゃん!?」
キメの命懸けの隠蔽は功を奏しシルグのぶっちゃけ発言は誤魔化せたがキメは再び生死の境をさ迷ったのである
。。。
『しかし生き返って本当に良かった…まさかバンパイア最強の男といきなり交戦しているとは思わなかったぞ?』
シルグは絶対強者ラクルを思い出し身震いをする
「…交戦なんてモンじゃなかったわ…一方的に殺られただけ。…初めてだったなぁ~、全く見えなかったのって…」
日向子はラクルの強さに感動すら覚えていた
力の差をまざまざと見せつけられたキメやシルグと違って侮ったまま瞬殺された日向子はラクルに恐怖心を抱いていない
『ところで…何の影響かは色々有りすぎて分からんが主殿の容姿は随分と変わったな』
シルグは日向子を見てしみじみと呟いた
「えっ?本当?…此処鏡ないからなぁ~…」
日向子はシルグの言葉に体をクルクルと翻して自分を見ようとしてみる
以前は日本人らしい艶やかなショートボブの黒髪と茶色の瞳だったのだが
今は黄みがかったオレンジの差し色が前髪に入り瞳に至っては赤と金色のオッドアイになっていた
「うーん、やっぱり鏡がないと見えないなぁ…ねぇシルちゃん、変??」
日向子はやはり女性である。変わったと言われれば気になって仕方がないのだ
『ん?これはこれでとても魅力的だと思うぞ?まぁワシは人間の美的感覚は分からんからどうとも言えんがな』
シルグは美的感覚もなければ言葉をオブラートに包む気遣いも持ち合わせていなかった
ガックリと肩を落として膝から崩れ落ちる日向子に弱りきったキメが慌ててフォローを入れる
《…主は今まで通り綺麗だぞ…安心しろ…》
「や、やだぁ‼もうキメちゃんったらぁっ‼(///」
…バシィッッ!
《ウグァッ!?》
『お、おいっ!』
「…あっ!?」
日向子はキメが重篤なのを忘れて平手打ちを決めてしまった
軽く叩いたつもりだったがキメは地面を何回転か転がり再び壁に激突し痙攣している
「…あれっ?」
『あれっ?じゃない!キメは瀕死の重症だぞ⁉』
「…‼もしかして…怪我の後遺症で…」
『何でも後遺症で片付けるな‼とにかくキメの蘇生をっ‼』
「えっ?蘇生??」
『呼吸が止まっておる‼急げっ‼』
三度死の淵をさ迷ったキメは日向子の懸命な蘇生術により再び息を吹き返した
お陰で、というか不幸中の幸いというかシルグは日向子のレクチャーによりAEDの知識と技術をマスターしたのだった
。。。
『ともかく一旦シジル達と合流しよう。向こうもそろそろゴルドの王城に着く頃合いだ』
シルグは日向子に一時撤退を提案する
このまま再びラクルと戦っても当然勝ち目はないどころか今度は全滅させられ兼ねないのだ
「そうね、キメちゃんもちゃんと休ませたいし…シルちゃん、キメちゃんを乗せてあげて?」
『主殿はどうするのだ?二人程度何て事はないぞ?』
「私は…反省の意味を込めて自力で歩きます…」
シルグが日向子を見るとべっこり凹んでいた
『…それは構わんが…主殿も病み上がりなのを忘れるなよ?』
「うん、ありがと…」
シルグはキメを背中に乗せ空へ飛び立つ
日向子はそのままゴルド王国に向けてゆっくりと駆け出した
…タッタッタッ…タタタタタッ…
『お、おい、主殿‼病み上がりなのだぞ⁉』
「…ん?だからゆっくり走ってるわよ?」
タタタタタッ…タタタ…ドンッ‼
日向子はゆっくり走っているつもりだったがいつの間にか空気の壁を突き抜けていた
…ゴパァッ‼
日向子が駆け抜けた大地は二拍程遅れて土煙が舞い上がる
シルグのいる上空からの視点だと日向子が黒い弾丸の様に見える
駆け抜けた大地はまるで竜巻でも通った様な有り様だ
『主殿‼そのままでは陸地の被害が大きい‼少しペースを落とすのだ‼』
「えっ?…あっ⁉」
日向子は自分の通って来た跡を振り返ってビックリして慌てて速度を緩めたのだった




