142 絶対強者
日向子は久しぶりに自身の脚力で地を駆けていた
「遊びであんなに大勢の人をゾンビに変えるなんて許せないわ‼」
日向子の頭の中ではさっき憶測として話していた内容がまるで決定事項の様になっていた
…バサッ、バサッ、
《あ、主‼落ち着くんだ‼まだ憶測の域を出ない話ではないか‼》
日向子の全速力の疾走にキメは漸く追い付いて宥めに入る
「本当か違うのかは本人達に直接聞けば良いだけでしょ?」
《そ、それはそうだがもっと体勢を整えてからでも遅くはないだろう?》
「イチイチ体勢を整えてたら敵だって整えちゃうじゃないの‼こういうのは先に動いた方が勝ちなのよっ!」
キメの必死の説得も日向子には届かない。それだけ日向子は怒っていたのだ
「あんなに大勢の人を…家族を…ただの酔狂で殺されてたんじゃやってられないじゃないの!」
…ダンッッ!!
日向子は更に加速してキメを突き放しに掛かった
《クッ⁉まだ全速力ではなかったのか?》
キメの飛行能力ではこれが精一杯だと言うのに日向子は更に速度を上げその差はみるみる内に離れていった
。。。
ブーーーン‼
『ん?またキラービーが…何かあったのか?』
ゴルド王国へと進行を始めたシジルとシルグ一行の下にキメからの連絡が届いた
「…何か問題でもあったのでしょうか?」
『…マズい!主殿がキレた!』
「えっ?」
『今の蜂によると主殿が今回の首謀者と思われるバンパイア族に怒りを覚えて単身北に飛び出して行ってしまった様だ』
「それは…危険では?」
『主殿は今怒りで冷静さを欠いているらしい。ワシは全速力で主殿を止めに行く!』
シルグはドラゴンの姿に戻ると急いで空に舞い上がった
…ゴウッ!
普段の飛行速度とは違う風のシルグ本気モードの飛行に突風が吹き荒れる
「シルグ殿ー、ご武運をー!」
シジルの叫びは何もない空へと抜けていった
。。。
ダダダダッ‼ダンッッ…ズダン‼
疲れを知らない日向子はずっとトップスピードのまま深い渓谷もひとっ飛びで飛び越える
全力で追っている筈のキメとは既に30km程の距離が開いてしまっていた
(…一発、いえボコボコにしないと気が済まないわ‼)
日向子は黙々とバンパイアの住む北へと駆けていく
。。。
…キィィィィーーーン…
同時刻、シルグも全速力で北へと向かっていた
シルグが何故「風」の称号を持つのか?
それは四竜の中でもずば抜けて飛行速度が速い事も名の由来になっている
その風のシルグが全速力は軽く音速を越え衝撃波と数秒遅れて轟音が響く程の速度に達している
『…何としても主殿を止めないと…彼の地には「絶対強者」というバンパイアの王がいた筈だ
幾ら主殿でも相手が悪すぎるだろう…』
シルグは開いた翼を小さく畳み更に速度を上げる為に風の加護を発動する
…ィィィーーーーン…‼…ドバァッ‼
風の精霊の加護をフル活用してシルグは更に加速を試みる
…パァァァンッ!
シルグの加速に空気の層が裂け破裂音を残して彼方へと消えて行った
。。。
ダダダダッ…‼
(…ん?あれは…?)
衝撃波を伴う程の疾走をする日向子の目前に人影がユラリと佇んでいる
ダッ‼ガッ、ガガガガガッ!
何かを感じた日向子は足を踏ん張って急制動を始めた
ガガガッ‼…ザザァーッ‼
盛大に土埃を巻き上げて日向子が制止し目の前の人物に問いかける
「…貴方は誰?」
日向子の問いかけに対しその人物は低い声で答えた
〈我か?…我はバンパイアの王、ラクルである。跪け、人間。〉
尊大な物言いをするその人物はバンパイアの王を名乗った
「…ちょっと聞きたい事があるんだけど…ゴルド王国の一件は貴方達が仕組んだんじゃない?」
日向子は目の前の自称バンパイアの王に直球で訊ねた
〈…無礼であるぞ?人間。ゴルド王国など我の関知する所ではない。〉
「だったら何でバンパイアの王様がこんな所で1人ぼっちで居るのよ?おかしいでしょ?」
日向子はラクルの矛盾を指摘した
〈我は自国に侵入した外敵を滅する為に来たのだ。それがまさか人間とはな…〉
ラクルは興醒めと言った態度で日向子を見つめる
「…じゃあ…薬師は貴方が差し向けたんじゃないのね?」
〈…薬師?あぁ、そう言えば誰かが一興を催すとか申していたな、それがどうした?〉
「…その一興の為に大勢の人が死んだのよ‼だからぶん殴りに来たの!」
日向子は手甲剣を伸ばして構える
〈我はそんな些事に関わらぬが無断で踏み入ったお前は滅せねばならぬ〉
「はっ‼やれるモンならやってまなさいよっ!」
日向子はこの時点で大きな間違いを犯していた
ゴルド王国にいた「バンパイア擬き」と目の前の敵の力量を同一に捉え油断していたのである




