103 GO WEST part3
ワイトはシルグの言葉に驚いて改めて日向子を見つめる
強い威圧を持ったワイトの金色の瞳は普通の竜であれば恐戦き人間であれば心臓が破裂して死に至る
だが日向子は涼しい顔でワイトの視線を真っ向から受けていた
『お主…鼓動はどうした?』
ワイトの瞳は対峙する者の内部迄見通せるが日向子からは一切の鼓動が感じられなかったのだ
「あ、もしかして…ワイトさんってエッチなのね?私、ゾンビだから心拍とかないわよ?」
『何と‼アンデッドだったか…』
ワイトは日向子のカミングアウトに更に驚愕した
ワイトの数千年に及ぶ生の中で知性あるアンデッドと出会ったのは数度
北の最果てに城を築くバンパイア一族とその隷属のワーウルフ、そして東の高原より更に東にある死の大地に住まうドラウグル達だ
いずれとも違う日向子の容姿にワイトは思案を重ねたが答えは出なかった
『…すまぬな。我の瞳は意識せずに見透かす悪い癖を持っていてな』
「まぁ見られて困るモノはありませんから」
日向子はあっけらかんと答える
『我からのせめてもの詫びだ。今宵は宴を用意させよう』
「ありがとうございます」
『ところでワシを呼んだのは何用があっての事だ?』
シルグはワイトに訊ねる
『う…む、例の黒竜の件だ』
『成る程な』
日向子は不思議そうな顔でシルグを見る
『黒竜の件は追々説明しよう。宴迄は時間もある、ドラコニアを見学したらどうだ?主殿』
「そうね、募る話もあるだろうから私は中を見学させて貰うわ」
『うむ、ナージャはおるか?』
ワイトは親衛隊に訊ねる
《は。ここに。》
『日向子殿を案内してやれ。丁寧にな』
《は。》
ナージャは日向子の前に進み出て手で先を示した
《さ、日向子様、こちらに》
「ありがとう」
日向子達は玉座の間から立ち去って行った
『…しかし世の中は広いな、シルグ』
『ああ、主殿はおそらく竜神をも凌駕しておるぞ』
『そこまでとはな…』
シルグとワイトは次第に問題の黒竜についての話にシフトして行った
「やっぱり此処って凄いわね」
日向子はドラコニアの造りを感心しながら眺めている
《日向子様は建築に造詣がおありなのですか?》
「いえ、そんな事はないけど…美しいモノには素直に感動するわ」
《この洞穴宮殿は竜神の末裔、ワイト様の先祖が建てさせたと言われております》
「そうなんだ…って事は建築士とかそれにまつわる職種もあるって事なのかな?」
《いえ、昔は居たそうですが今はおらず失伝しております》
「そっか、残念ね…」
ナージャは洞穴宮殿を抜け中庭の様な場所に案内する
ガァァッ‼ガキンッ‼ガキンッ‼
そこは兵達の錬成場の様だ、兵士達が戦槌等を持って模擬戦闘を行っていた
「へぇ~、人型で訓練とかするんだ?」
《はい、先先代の王からの習わしで》
「前に人との戦争でもあったのね…」
日向子は人型で訓練を必要とする理由をこう読み解いた
《よぉ、ナージャ‼その旨そうな人間は何だ?お前のオヤツかよ?》
錬成場で訓練していた1人のバハムートが日向子を見かけて粉をかけてきた
《馬鹿者‼こちらはワイト様の貴賓だ‼》
《へへっ、そんな事言わねえでよ、サクッと食べちまおうぜ?なぁに、行方不明って事にすりゃバレねえって‼》
そのバハムートは涎を垂らしながら日向子を睨む
《も、申し訳ありません‼コイツらは少し頭が弱くて…》
「あら?別に良いわよ?さっきストレス発散に失敗したからここで解消するわ。
良い?私と闘って勝ったらお好きにどうぞ。負けたら諦めてね」
日向子は錬成場に降り立つとバハムートを手招きした
《面白ぇっ‼俺に勝てると思ってんのかよ‼》
バハムートは手に持つ戦槌を恐ろしい勢いで振り下ろす
ブンッッッ‼バシィッ!
《…ぐっ…クソッ⁉》
バハムートが振り下ろした戦槌は日向子の左手一本で受け止められてしまった
《な、何故動かん⁉離せっ‼》
日向子は片手でバハムートが振り下ろした戦槌を受け止め平然としている
「ねぇ、ナージャさん。これって何処までやって良いの?」
《ソイツは貴賓である貴方を侮辱した罪で重罪ですのでご自由に》
《な⁉そんな…》
「えー?でも流石に私刑って訳にはいかないから…えいっ‼」
ズドッッ!メキャッ‼
《ゴブォアッッ‼》
日向子は空いた片手でバハムートの腹に一撃を加えた
例え人化していようともバハムートの体は引き締まった鋼の様で打撃は一切受け付けない筈なのに
日向子のソレはその硬さを一切無視してバハムートの内臓にめり込んだ
吐血してのたうち回る仲間を他の隊員が抱えて退く
《良いか!この御方はワイト様の貴賓であると共に風のシルグ様の主様でもある!
今見た様に我等が抗っても足元にも及ばんから覚えておけ!》
ナージャの一喝で隊員達はおののき更に退いて日向子を遠巻きに眺めていた
「あ、何かドン引きされちゃった…ナージャさんごめんね」
《いえ、お気遣いなく》
ナージャは平静を装っているが内心穏やかではなかった
平時に研鑽を積み最強と自負していた自分達を日向子は事も無げに倒したのだ
ワイトが日向子によって飛ばされたのはワイト自身のジョークかシルグに対するおべっかだと思っていたナージャは
ここで初めて日向子の力が本物だと自覚したのである
日向子達は錬成場を後にし玉座の間に戻る事にした




