98話 固定して拘束して、それから
ベルンハルトはアスターの容態を確認。その間も、リンディアはミストと戦っていた。
それぞれが役目を果たす中、私はただ見ていることしかできない。
それがもどかしくて、胸の奥から言葉にならないような何かが込み上げてくる。その何かの正体は、自分でもよく分からないけれど……悔しさであり、焦りでもあり、色々なものが混ざりあったようなものなのだと、そう思う。
「敢えて腕で受けることによって重傷を免れようと考えたのでしょうが、残念ながら、今この状況においては、それは不正解です」
リンディアはミストを鋭く睨んでいる。が、ミストは逆に、どこか穏やかさの感じられる目つきだ。
二人の表情は対照的である。
「なぜなら、このクナイには毒が塗ってあるから」
「……何ですって?」
「引っ掛かって下さり、ありがとうございます。おかげで、戦うことなく勝つことができそうです」
微かに笑みを浮かべるミスト。
「はー? なーによ、勝った気になっちゃってー」
「すべて事実です」
「そーんなしょぼーい毒なんかで、あたしに勝てるわけないじゃなーい!」
リンディアは引き金を引いた。
光の弾丸が飛び出す。
すべて、ミストに向かって飛んでいく。
短時間に何度も撃たれては、さすがのミストも対応しきれないだろう。私はそう思っていたのだけれど、案外そんなことはなくて。
「ふっ!」
ミストは、クナイとステッキを華麗に扱い、光の弾丸を弾く。
が、その隙にリンディアは駆ける。
そして、そのままミストの背後に回ると、襟を後ろから掴んだ。そこからさらに、ミストの体をぐいと引き寄せ、ついには羽交い締めにまで持っていく。
「確か……ミトンだったかしらー?」
リンディアはにっこり笑っている。
「違います。ミストです」
「ミリン? あらー、調味料みたいで素敵な名前ねー」
「違います」
あ、これは。
完全にわざとだろう。
聞かずとも分かる。他人を挑発して遊ぶスイッチが入ったのだと。
「ベルンハルト!」
「……何だ」
床に顔を当てるようにして倒れていたアスターを仰向けに寝かせて微調整していたベルンハルトは、リンディアの方へと目を向けた。
「手伝ってちょーだい!」
「僕は無理だ」
「は!? ちょっと! なんて態度よ!」
苛立った顔になるリンディア。
「アスターが放置になってもいいと言うのか」
淡々と述べるベルンハルト。
その言葉に、リンディアは、ほんの少し気まずそうな顔つきになる。
「何よ……」
「どうなんだ」
「じっ、ジジイなんか放置でいーのよ! それより、ラナをこーそくしてちょーだい!」
なるほど。
リンディアは、ラナら二人を捕らえる気のようだ。
それはいい、と、私は思った。だって、捕らえるのならば殺傷せずに済むから。いくら刺客とはいえ一つの命なのだから、可能ならば、死に至らない方が望ましい。
「拘束……分かった。部屋から縄を取ってくる」
「ちょ、縄!? 原始的過ぎでしょ!?」
「贅沢を言わないでくれ」
そう言って、ベルンハルトは自室の方へと走っていった。
なかなか仕事が早い。
それから十数秒ほど経過して、戻ってくる。
その手には、がっちりと編まれたやや太い縄が持たれていた。
「リンディア。どっちからだ」
「こいつからがいーわね」
リンディアの答えに従い、ベルンハルトは、ミストの手足を縛る。体に触れそうな時だけリンディアに任せるところが、妙に真面目だ。
「よし、次だな」
上手く縛れたらしく、満足そうに頷くベルンハルト。
「次も手伝ってあげてもいーわよー?」
「なら頼む」
「お願いします! って言うなら、だけどねー」
「お願いします」
「ちょ、本当に言うの!?」
リンディアは驚いていた。
その後、二人はラナの手足を拘束する。
自由を奪うなんて酷い、と思われるかもしれない。が、どちらかが殺されるくらいなら、この方がずっと良い。
平和的解決が理想系である。
こうして、真夜中の襲撃は幕を下ろした。
リンディアが夜間警備隊と連絡を取り、駆けつけた彼らに、ラナとミストの身を渡す。彼女はとても仕事が早いため、引き渡しが終了するまでに、二十分もかからなかった。
その後、完全に気を失ってしまっているアスターを救護の者たちへ渡し、負傷のあるリンディアとベルンハルトも、検査及び治療を受けることとなった。私は負傷していない。が、特に行きたいところもないため、リンディアやベルンハルトに同行した。
「まったくもー。しばらく寝ていろだなんて、面倒の極みだわー」
検査の結果、リンディアは、ベッドに横になっていなくてはならないことになった。毒を塗ったクナイで腕を傷つけられていたから、である。
もうしばらく様子を見た方がいい、ということなのだろう。
「寝ていた方がいいと言われているのなら、ちゃんと寝ておいた方がいい」
「うっさいわねー。ベルンハルト」
「痛い目に遭ってから泣いても、助けない」
「はいはーい、分かってますよーだ。何があったって、アンタだけには助けを求めたりしないわー」
指示があるためベッドの上にいるリンディアだが、声は大きいし嫌みも言うし、とても元気そうだ。平常運転である。
「で? アンタはどーなのよ。怪我がないわけじゃないんでしょー?」
「僕は毒は受けていない」
「けど、無傷なわけじゃないんでしょ?」
「それはそうだ」
ベルンハルトは真顔で返す。
彼はもう、負傷することに慣れてきているのだろう。だからこんなに冷静でいられる。
……きっと、そう。
「ただ、それほど深い傷はない。すぐに治る」
「そーいう問題?」
リンディアは呆れ顔になっていた。呆れるあまり、笑みが零れてきている。
「そういう問題だ。速やかに回復する程度の傷なら、あってもなくても、同じようなものだからな」
わけが分からない……。
意外なタイミングで、謎理論が登場だ。
「あ、そーだ。それで王女様」
「リンディア?」
「怪我はなかったのー?」
彼女は私の身を案じてくれていた。
自分も傷を負っている厳しい状況の時なのに。
「えぇ、私は大丈夫」
「そ。良かったわねー」
「ありがとう」
私が短く礼を述べると、彼女は視線を少し横へずらす。そして、気まずい関係の人と話す時のような顔つきになりながら、言葉を返してくれる。
「……ありがとうなんて言われるよーなこと、してないわよ」




