97話 紅の女
ラナたちを鋭く睨みながら、いつでも撃てる状態になった赤い拳銃を構えるリンディア。
その全身からは、ただならぬ殺気が漂っている。
対する二人はというと。
ラナは刃が波打った剣と巨大化した手を、ミストはクナイとステッキを、それぞれ構えている。
「アンタら……二人まとめて地獄に落としてあげるわよー」
リンディアは低い声を発し、直後、拳銃の引き金を引いた。
光が飛ぶ。
宙に華麗な線を描く。
「ミストは下がり! うちがやる!」
「はい」
ラナがミストの前に出る。そして、巨大化した右手を前に出す。その大きな手のひらで、リンディアの拳銃から放たれた光の弾丸を、すべて防いだ。
しかし、防御によって生まれた隙を突いて、リンディアはラナへ接近していた。
拳銃で攻撃することが狙いではなかったようだ。
「ふっ!」
ラナに急接近したリンディアは、その足を振り上げる。
「くっ」
蹴りは何とか防いだラナ。
しかし、短い声を漏らしている。
「まだまだいーくわよー」
リンディアは再び蹴りを繰り出す。
ラナは、リンディアの蹴りを防ぐことで精一杯だ。今のリンディアは、運動神経が良いラナですら反撃できないほどに、隙のない動きをしている。
接近戦を繰り広げる二人の後ろにいるミストは、クナイとステッキを構えたまま、様子を窺っている。恐らく、リンディアに隙が生まれるのを待っているのだろう。
だがリンディアに隙はない。
それに、彼女の瞳は、ぶつかり合うラナだけではなく、ミストのことも見ている。
「リンディア凄い……! ねぇ、ベルンハルト」
「そうか?」
「だって、二対一でも負けそうにないのよ。凄いことじゃないかしら」
私は純粋に感動しているのだが、ベルンハルトは真顔のまま。
「凄く……ない?」
彼があまりに真顔のままだから、少し不安になってしまって、私は弱めに問う。自分の考えに、自信がなくなってきたのである。
暫し沈黙。
その後、彼は述べる。
「……そうだな。確かに凄い」
静かな声だった。
「そうだった。今のうちに、アスターの状態を確認しよう」
「そ、そうね! そうだわ!」
おっと、アスターのことを失念していた。
そうだ。今は彼の容態を確認することが大切なのだ。もうしばらくこのまま放置しておいて大丈夫なのか、確認してみなくては。
「けど、私は知識がないわ。ベルンハルト、一人で確認できる?」
「当然だ」
「私は何をしたらいい?」
「何もしなくていい。ただ、狙われないよう僕の近くにいろ」
やはり私は役に立てない。
そんな思いが、胸を痛くする。
「……役立たずはもう嫌なの。私にできることを言って」
「ない」
「どうして!」
「怪我人に触れるのは、貴女の役目ではない」
ベルンハルトは、ポケットから透明の手袋を取り出し、手に装着する。そして、アスターに触れていた。
「……アスターさんは私の従者よ。何もしてあげられないなんて……」
「貴女は、自分の身を護っていればそれでいい」
「そんな……!」
「余計なことをするな。下手に動いて敵に襲われては面倒だ」
ベルンハルトの声は静かなものだった。とても静かな調子で、しかも、非常に落ち着いている。
落ち着いている彼が傍にいてくれるおかげで、私は狼狽えずに済んでいる——そういう意味では、彼はありがたい存在だ。
ただ、少し冷たくも見えるけれど。
「……そうね。その通りだわ」
彼は冷たくも見える。
しかし、言っていることは事実だ。
力のない者がやみくもに動いたところで、被害が拡大するだけ。それならば、動かない方が良い。不必要に動かなければ、取り敢えず、今より悪い状況に陥ってしまうことは避けられるから。
私とベルンハルトがそんな風に話している間も、リンディアとラナらの戦闘は続いていた。
「邪魔よー」
しばらく空いてそちらを見た時、ちょうど、リンディアの蹴りがラナに突き刺さる瞬間だった。
リンディアの蹴りは威力があるようで、ラナの体が後方へ大きく飛ぶ。
「隙あり、です」
蹴りを放った後、リンディアの動きが少し止まった瞬間に、ミストはクナイを投げる。リンディアは、それを、射撃によって落とした。
「そーんなおっそい攻撃で、ちょーしに乗ってんじゃないわよー」
なぜそんな芸当ができるのか、不思議で仕方ない。
ただ一つ確かに分かることは、リンディアの腕が確かだということ。
彼女は自信家で、自分の強さに誇りを持っている。そして、時折ではあるが、それを自慢してくる。
能力のない者ほど小さなことをいちいち自慢すると言うが、彼女の場合はそうではない。
自慢はするが、伴った能力をちゃんと持っている。
それがリンディアだ。
「次はアンタよー」
先ほどの蹴りでラナの動きが少し止まった。そのため、リンディアは意識をミストへと移す。
「……わたしですか」
「大人しくやられてちょーだい」
ミストの顔つきが固くなる。
それとは対照的に、リンディアの口元には笑みが浮かんでいた。
「そうですね」
ひとまとめにした赤い髪をなびかせながら、ミストへ接近するリンディア。
対するミストは、リンディアの拳銃を持っている手にステッキの先を向ける。
「そんな夢があれば良いですね」
刹那、リンディアが持っていた拳銃が吹っ飛んだ。
手を離れた拳銃は、宙を舞い、床へ落下する。
一体何が起きたというのか。私はその現象がちっとも理解できなかった。今この胸は、何がどうなってこうなったのか、という疑問に埋め尽くされている。
「な——」
リンディアの口元から笑みが消えた。
「では、さようなら」
ミストの瞳は冷たい光を帯びている。
数秒後、ミストはクナイを振る。
後退してかわす時間はないと判断したのか、リンディアは腕で防御。
「——っ!」
「非効率的な人ですね」
クナイはリンディアの腕を傷つけた。
「終わっていただきます」
リンディアへステッキを向けるミスト。
その双眸には、真剣な色が滲んでいる。
「ちょーしに乗るんじゃないわよー」
「もちろん、気は抜きません」
向けられたステッキの先を、リンディアは回し蹴る。ミストはステッキを落としはしなかったが、ほんの少しバランスを崩す。
そんなこんなで、リンディアとミストの戦いはまだ続くのだった——。




