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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
10.冷たき夜

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96話 駆けて、駆けた

 ベルンハルトに手を引かれ、私は廊下を駆ける。


 日頃ならロマンチックとも思えそうな状況だが、今は、そんな風にはとても思えない。殺す気満々の人たちに追われているからだ。


「ねぇベルンハルト! どこへ逃げるつもりなの!」

「リンディアたちを起こす」


 走りながら、私は問い、彼は答える。


「従者の部屋に行くってこと?」

「そうだ」

「起きてくれるかしら……」

「緊急用の連絡手段がある」


 ラナらの魔の手から逃れるべく、私たちはひたすら走る。


 止まることは許されない。ほんの数十秒止まっただけでも、ラナたちに追いつかれてしまうから。


 それにしても、凄い速さ。

 ベルンハルトが手首を掴んでいるため、私も、彼の速さに近い速さで走っている。時折宙に浮きそうになるくらいだ。


 しかしながら、彼が手を引いてくれるからか、いつもよりは走りやすい。


 長く伸びた金髪が、少しばかり重いけれど。



 従者の部屋の扉が見えてきた。


 あと少しで着く。


 けれど、リンディアやアスターを速やかに起こすことなんて、本当にできるのだろうか。寝ている人を一分もかからずに起こすなんて、可能だとは思えない。


「もうすぐ!?」

「そうだ」

「本当にこれで大丈夫なの……?」

「問題ない」


 落ち着きを保っているベルンハルトを見ると、狼狽えている自分が馬鹿みたいに感じてきてしまう。けれど、だからといって落ち着けるわけもない。


 一二分の余裕すらない緊迫した状況におかれるというのは、寿命が縮みそうである。


 ベルンハルトは、片手で、勢いよく扉を開ける。

 ここからどうなるのだろう、と不安に思っていると、ベルンハルトは、入ってすぐのところの壁の傍にある一本の紐を下に引いた。


「よし」


 納得したように一人頷くベルンハルト。


「紐? 引っ張ることにどんな意味があるの?」

「これで連絡がいく」

「原始的ね。本当に大丈夫なの?」

「あぁ」

「それならいいけど……」


 言いながら、何となく、奥へと目を向ける。

 そして、驚いた。


「アスターさん!?」


 床に、アスターが倒れ込んでいたからである。


「どうした、イーダ王女」

「あれってアスターさんじゃない?」


 私はベルンハルトにそう言ってみた。

 すると彼は私と同じように奥へ目を向ける。そして、その目を大きく開いた。


 いつも多少のことには動じず、常に淡々としている彼だが、これにはさすがに驚いているようだ。


「アスター、だと?」

「寝ているのかしら」


 一応言いはしたものの、「恐らくそうではない」と内心思っている。


 変わり者のアスターではあるが、さすがに、こんな夜中に自室から出て床で寝る、なんてことはしないだろう。


「いや、さすがに自室から出て寝たりはしないだろう」

「少し様子を見てくるわ」


 倒れているアスターへ駆け寄る。


 そして、さらに驚いた。


 彼の体の数ヵ所に、クナイが刺さっていたから。


 離れたところから見た時には気づかなかったが、刺さっているのは一二本ではない。急所に刺さってはいなさそうだが、結構な数だけに、見た時の衝撃が大きい。


「アスターさん!? アスターさん!」


 何度か名を呼んでみる。


 しかし返事はない。


 目を凝らすと、首筋が赤く濡れていることにも気がついた。そちらも極めて深いことはなさそうだが、痛々しい状態になってしまっている。


 アスターの横に座り込んだまま、私はベルンハルトへ視線を向けた。


「ベルンハルト! 駄目だわ、反応がないの!」


 ただそう述べることしかできない。アスターの状態を細やかに説明するなんて、急には不可能だ。


「それに怪我をしているわ!」

「取り敢えず、触れるなよ」

「どうして!?」


 助けなくてはならないのに。


「特に、血液には触れるな」

「……アスターさんを汚いものみたく言うのね」

「他人の血液には触れないのが鉄則だ」


 ベルンハルトがそう言った、直後。


「追いついたで!」

「もう逃げ場はありません」


 ラナとミストが部屋に現れた。


 もはや追いつかれてしまった。恐ろしい速さの二人である。


「……来たか」


 ほんの少し顔をしかめ、呟くベルンハルト。


「閉所へ逃げ込むとは、極めて非効率的です」

「くたばってもらうで!」


 またしても二対一になってしまう——と思った、その瞬間。


 リンディアの部屋の扉が、バァンと大きな音をたてながら、豪快に開いた。


「何があったっていうのよ!」


 赤い髪が視界を駆ける。


「リンディア!」


 私は思わず叫んでしまった。


 彼女が援護しに来てくれたらどんなにいいか、と思っていた。それが叶い、私は嬉しい。

 喜びと安堵が、凄まじい勢いで湧いてくる。


「ちっ……。また増えるとか、だるすぎやわ」

「ラナ、まだ二対二です。負けてはいません」

「そりゃそうやけどさ……」


 リンディアの登場に、ラナは不機嫌な顔つきになった。しかも、かなり愚痴を漏らしている。


「王女様に、ベルンハルト。お待たせしたわねー」

「遅かったな」

「うっさいわよー。ベルンハルト」


 リンディアはほんの数秒だけベルンハルトや私を見た。そして、すぐに、ラナらの方へ視線を移す。


「アンタたち、よくも弄んでくれたわねー」


 ラナとミストの表情が固くなる。


「いーい? 覚悟なさい」


 冷ややかに放つのはリンディア。

 彼女がアスターに気づいたかどうかは分からない。が、もしかしたら気づいたのではと思うほどに、彼女の目つきは鋭かった。


「覚悟すんのはそっちや!」

「その言葉、そっくりそのまま返して差し上げるわよー」

「調子に乗っとんとちゃうぞ!」

「あらー。がら悪ーい」


 ラナの発言があまり品の良いものでなかったということは、私にも理解できる。しかし、その発言が生まれたのは、リンディアが挑発的な態度を取ったからであろう。


 ……いや、今はそんなことはどうでもいいのだが。


 片側の口角を持ち上げて笑みを浮かべながら、リンディアは赤い拳銃を取り出し構える。


「ここからは、あたしが相手してあげるわ。さ、二人まとめてかかってらっしゃーい」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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