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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
10.冷たき夜

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94話 剣とナイフ

「ちょ、かわすとか! 空気読まなすぎやろ!」


 驚き、叫ぶラナ。


 彼女が叫んだのは、彼女の化け物のような手による攻撃を、ベルンハルトが避けたからである。


 攻撃された時、ベルンハルトはバランスを崩していた。それゆえ、ラナの手が命中する可能性はかなり高かったのだ。しかし、そんな中でも、ベルンハルトは回避した。


 だから、ラナが驚くのも無理はない。


「空気など、どうでもいい」


 攻撃を回避したベルンハルトは、冷ややかな視線をラナへと向ける。


 そんな彼の背に向かって、私は発する。


「ベルンハルト。誰か呼んできた方がいい?」


 すると、彼は静かに返してきた。


「いや、貴女はそこに隠れていてくれ。被害が拡大したら困る」


 確かにそうかもしれない、と思った。


 私はベルンハルトのことを心配して「誰か呼んできた方がいい?」と言ったけれど、狙われているのは彼ではなく私なのだ。つまり、私が下手に動けば、ラナが有利になってしまうのである。


 危なかった……。


 ろくに戦えもしないくせにすぐ人を呼びに行こうと考えてしまうのは、私の悪い癖だ。


「誰か呼んできた方がいいんちゃう? このままやったら、二人とも、うちに殺されてまうで」


 ラナはそんなことを言う。

 けれども、ベルンハルトは動揺しない。


「そちらが殺すつもりなら、こちらも殺すつもりでいく」

「はーっ。さすがは従者、結構勇ましいやん」

「もう逃がす気はない。今回こそ、確実に仕留める」


 ベルンハルトは、ラナから距離を取りつつ、胸の前でナイフを構える。


「ふん……ならやってみ!」


 鋭く叫び、駆け出すラナ。

 彼女の瞳は、今や、ベルンハルト一人しか見ていない。


 また巨大な手による攻撃か——と思ったのだが、そうではなかった。ラナは、手ではなく剣を使う作戦に変えたようだ。


 ちなみに剣とは、刃部分が波打った形状をした剣のことである。


 ラナは背が低く、体つきも細めだ。たくましい、なんてことは決してない。にもかかわらず、しっかりと剣を操ることができていた。ベルンハルトを仕留めるには至らないものの、慣れた手つきで剣を扱っている。


 ベルンハルトはナイフ。ラナは剣。

 扱う武器は違うが、その実力は、ほぼ互角と言っても差し支えないだろう。


 だからこそ、決着がつかない。


 二人の戦いは、それからもしばらく続いた。


 ベルンハルトは、ラナからの攻撃を上手く防ぎつつ、隙をついて反撃を仕掛ける。一方ラナは、低い位置から緩急のある動きで、積極的に攻めていく。


 戦闘スタイルにそれぞれ個性を持った二人の戦いは、時間が経つにつれ、どんどん激しくなっていった。


 私は無力で、何もできない。それゆえ、ベルンハルトの力になれない。彼が勝てるようにサポートしてあげられないことが、何より辛かった。


 だが、そんなことで悩んでいてはいけない。

 共に戦うことのできない私が彼のために唯一できることは、足を引っ張らないこと。つまり——彼の弱点となってしまわぬよう細心の注意を払うことだ。


「もう、ホンマ嫌やわ! こんなことしてたら朝が来てまう。王女様一人って聞いてたから、はよ帰れると思ってたのに!」

「あの女がいなければ一人だったのにな」

「ホンマそれ! いらんことするとか、役立たなすぎや!」


 声だけを聞いていると、友達同士の会話のようにも聞こえる。が、実際は違う。実際は、戦いながら言葉を交わしているのだ。


 私なんかは、とても入っていけそうにない。


「仲間が無能とは、不幸だったな」

「そうやな。そっちも、弱い弱い王女様を護らなあかんとか、不幸やね」


 ドキッ。


 心臓が大きく脈打つ。


「それとこれとは話が別だ」


 ベルンハルトはラナの腹部へ蹴りを繰り出す。その蹴りを、ラナは、素早く後ろへ飛び退くことでかわした。


「そうなん? うちからすれば、どっちも同じようなもんやと思うけど」

「イーダ王女は仲間ではない」


 ラナを鋭く睨みつけるベルンハルト。


「ふーん。仲間やと思ってないんや? 意外やわ」

「……何を言いたい」

「王女様のこと、仲間やと思ってないんやろ? 仲間でもない人を護るとか、変やと思わへんの」

「仲間ではないが、主ではある。それゆえ、護ることを変だとは思わない」


 そう述べるベルンハルトの顔つきは、真剣そのものだ。声も表情もとにかく真っ直ぐで、そこに迷いなんてものは存在しない。


「ふーん、そうなんや。うちには理解できへんわ。何でそこまで王女様に尽くすん? 説明してみてや」


 ぴょんぴょんと左右に跳び跳ねながら、ラナはそんなことを発する。


「敵に説明する気はない」

「あ。もしかして、よく分からんと護ってるん? そしたら、何となく、なんや」

「……従者になるよう求められたから。ただそれだけだ」

「ホンマにそれだけなん?」

「それ以外に何があると言うんだ」


 刹那、ラナはベルンハルトに向かって駆け出した。そのまま、彼の横側へ回る。


「べっつにー。ただ……」


 そして、目にも留まらぬ速さで剣を振り下ろす。

 ベルンハルトはその刃を、少しだけ移動することでぎりぎりかわした。


 ——が。


 そんな彼の体を、ラナの巨大化した手が凪ぎ払った。


「たいした利益もないのに体を張るってことは、特別な感情でも抱いてるんかなーと思っただけや」


 ベルンハルトの体は向こう側の壁まで飛んでいく。その様は、まるで、蹴飛ばされた空き缶のよう。

 巨大な手に凪ぎ払われたベルンハルトは、壁に激突し、床に落ちる。


「……っ」


 彼は詰まるような息を吐きながら、すぐに上半身を起こした。


 引っ掻く攻撃ではなかったため出血はなさそうだ。しかし、硬めの壁で体を強打している。そのため、痛みはあるようだ。


「さぁ王女様。うちの手柄になってもらおか」


 ラナが私へ歩み寄ってくる。

 ここには、もはや、私を護ってくれるものはない。ベルンハルトも、すぐに戻ってくることはできないだろう。


「そろそろ失敗は許されへんからね。躊躇なくいかせてもらうで」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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