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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
10.冷たき夜

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93話 漏れる声

 ランプで殴られたことをいまだに根に持っているミストは、一切躊躇いのない顔つきで、アスターに向けてクナイを振り下ろす。


 ——しかし。


 背後から武器が振り下ろされる気配に気づいたアスターは、咄嗟に振り返り、身を捻った。


 ミストのクナイは、アスターの首筋を抉る。


 ただ、咄嗟に回避する行動をとっていたため、深く抉られずに済んだ。


 アスターからすれば幸運。

 しかし、ミストからすればかなり悔しい結果だろう。


「……いきなり襲いかかるのは、少々卑怯ではないかね?」


 アスターは、首筋の抉られた部分を手で押さえながら、数歩下がってミストから離れる。

 首筋の傷口からは、赤いものがポタポタと落ちている。が、その表情に焦りはない。アスターはかなり落ち着いている。


「ホテルではお世話になりました」

「ん……?」

「今日はお返しをさせていただきます」


 ミストは冷ややかな声でそう宣言すると、右手にはクナイ、左手にはステッキを、それぞれ持つ。


「お覚悟を」


 それに対し、アスターは呆れ顔になる。


「やれやれ。武装してもいない相手に武器を持って襲いかかるなど、淑女のすることではないよ?」

「ご心配なく。わたしは元より淑女ではありませんから」

「……そうかね」


 眉間にしわを寄せるアスター。


 アスターとミストが対峙している時、フィリーナはというと、こそこそとその場から退散していっていた。


「君は、こんな老人を虐めて、楽しいのかね?」

「もちろんです」

「ほほう……なかなか素晴らしい性癖だね」

「性癖というよりは、やられたことはやり返す主義という方が相応しいかもしれません」


 冷たい声色でそんな風に言いながら、ミストはステッキをアスターへ向ける。


「遠慮なく、いかせていただきます」


 直後、ステッキの先から空気の塊が発射される。


 アスターは横へ素早く走り、その空気の塊を避けた。


 しかし、ミストの空気砲攻撃はまだ続く。一秒に二発くらいの速度で、アスター目がけて、空気の塊を発射し続けるのだ。


 無論、そう易々とやられるアスターではない。


 彼は、年老いた体ながら、それなりに激しい動作で迫りくる空気の塊をかわし続けていた。


 しかし、それもいつまでもは続かない。激しい動きを続けた体には疲れが溜まっていたようで、ついにバランスを崩して転んでしまった。


「ぐっ」


 片方の手を首を押さえることに使っていたため、転倒の際に片手しか床につけず、アスターは苦痛の声を漏らす。


「くはっ!」


 そんなアスターの背に、空気の塊が命中した。


「何をするのかね⁉︎ 危ない……!」

「少しは苦しんで下さい」


 ミストの空気砲攻撃を背に受けたアスターは、顔をしかめつつも、徐々に上半身を起こしてくる。

 だが、その途中で、アスターは突然崩れ落ちた。


「な……」


 アスターの額を汗が伝う。


「力が入ら、ない……?」

「効いてきたみたいですね」

「な。効いてきた、とは何かね……」


 顔に動揺の色を浮かべるアスターに、ミストはそっと答える。


「毒です」


 彼女は、珍しく笑みを浮かべていた。


「最初に攻撃した時のクナイに、毒を塗っておきました。あれだけ動き回れば、効きも早いでしょうね」


 アスターは、床に倒れ込んだ体勢のままで、ミストのことをじっと見ていた。その額や頬には、透明な汗の粒が無数に浮かんでいる。


「ありがちな作戦ではありますが、上手くはまってくれて助かりました」

「毒……とは、強烈だね」

「お楽しみはここからです。移動する能力を奪って、初めて、切り刻むことができるのですから」


 毒が回っている。

 もう、まともには動けない。


 そんな状況でも、アスターはまだ諦めてはいなかった。ゆっくりとゆっくりと、体を起こそうと努力している。


 けれど、そんな努力も空しく。


「ぐあっ!」


 空気砲による追撃を受け、アスターは再び倒れ込む。


「じっとしていて下さい」


 言いながら、ミストはアスターの肩にクナイを突き立てる。


「ん!」


 既に抵抗する力を奪われているアスターには、ミストのクナイから逃れる術はない。彼はもう、蜘蛛の巣にかかった獲物も同然だ。


 逃れることはできない。

 やり返すことも不可能。


 今のアスターには、ミストの思いのままにやられる以外に道はないのである。


「よくもランプで殴ってくれましたね。武器でない物で他人を殴るような人間には、罰が必要です」


 肩に、手の甲に、太ももに。

 アスターの体のあちこちに、クナイが突き刺さっていく。


 もちろん、刺していくのはすべてミスト。


「つぅっ……!」

「ところでアスター・ヴァレンタイン。貴方は、シュヴァルさんを裏切ったそうですね」

「……裏切った? 違う。ただ、彼にはついていけなくなったのだよ……」

「依頼主はお客様、お客様は神様です。なのに、それを裏切るなんて。信じられません」


 アスターは荒い呼吸をしながら返す。


「私も一人の……人間だよ。自分の意思というものも……存在しないわけではない……」


 しかし、少し話したくらいでミストの思考は変わらない。彼女がアスターへ向ける視線は、まだ冷ややかなままだった。


「己の意思より、依頼主の意思を優先する。それは、裏の仕事を受けたのならば当然のことではないですか」

「それもそうだ……確かに、自分を優先した私は……ある意味、失格と言えるかもしれない……」


 このままでは、アスターはミストに負けるだろう。抵抗する手段を失い、体力もかなり削がれてしまっているのだから。


 もっとも、リンディアが起きれば話はまた別かもしれないが。


「ただ、悔いはないよ……」


 唇さえ、徐々に動きづらくなってきている。しかし、それでもアスターは口を開いた。話すことを止めはしない。


「若く綺麗な命が奪われる……ことを、避けられる、なら……それで……良いとも」


 アスターはそこで意識を失い、壊れたおもちゃのように動かなくなった。


「……非効率的ですね」


 ミストは独り言のように漏らし、歩き出す。


「さて、ラナのサポートに回りましょうか」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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