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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
10.冷たき夜

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92話 もう一つの作戦

 ——同時刻、王女つき従者の間。


 ベルンハルトはイーダと共に去っていき、リンディアとアスターは自分の部屋の中にいるため、王女つき従者の間にて活動しているのはフィリーナ一人だけ。


「ふ、ふわぁ……! 失敗してしまいましたぁ……! ど、ど、どうしましょう……」


 フィリーナは両手で口元を押さえながら、そんなことを漏らす。誰に、ということはなく、独り言のように発しているのだ。


「上手くいってると思っていたのに、まさかあんなことが起きるなんてぇ……うぅ」


 そんな風にして、フィリーナが落ち込んでいた時。

 キィ、と音をたてながら、扉が開いた。


「見事な失敗でした」


 そこに立っていたのは、一人の女性。

 灰色がかった水色の髪を、頭の右側で一つに束ねている、静かそうな人だ。


 ——そう、彼女は、かつてアスターがランプで殴って倒した刺客。


「ど、どなたですか……?」

「ご心配なく。味方です」


 いきなり見知らぬ者が入ってきたことに、フィリーナは怯えていた。


「向こうはラナが仕留めます。わたしと貴女で、こちらに残っているあのじいさんを片付けましょう」

「え? あの……えっ?」


 フィリーナは、まったくと言っても過言ではないほど、女性の話についていけていなかった。唐突に言われたことを確実に理解する能力は、フィリーナにはなかったようだ。


「貴女の名は、フィリーナで良いのでしたね」

「ふぇ? どうして名前を……」

「シュヴァルさんから聞きました」

「ふえぇ……そうだったんですか……!」


 灰色がかった水色の髪をした女性は、何も発することなく、口角だけをくいと持ち上げる。


「わたしのことはミストと呼んで下さい、フィリーナ」

「は、はいっ!」


 物静かな女性——ミストに対し、フィリーナはハキハキと返事をする。フィリーナのことだから、ちゃんと状況を飲み込めてはいないのだろうが、少しはやる気があるようだ。


「それで、何をすれば……?」

「フィリーナは、アスターを起こして下さい」

「夜中ですよ? 無理ですぅ……」

「そういう問題ではありません。非効率的な発言は慎んで下さい」

「はうぅ……」


 フィリーナは、がっくり肩を落とす。


「貴女は、アスターを個室の外へ連れ出して少し時間を稼ぐだけで構いません。仕留めるのはわたしがやります」


 淡々と述べるミストの瞳の奥には、憎しみの光が宿っている。


「あの、戦いはミストさんにお任せして、本当にいいんですか……?」


 恐る恐る質問するフィリーナ。


「構いません。むしろ、わたしがそれを望むのです」

「どうして……ですか?」

「あのじいさんには恨みがあるからです」

「……恨み、ですか? ふえぇ……怖い……」


 フィリーナは身を縮める。

 彼女は、恨み、という言葉に怯えているのだ。


「ランプで殴って気絶させられたのです、恨みがないわけがないでしょう。それに、シュヴァルさんがいなければかなり危ないところでした。危うく投獄されるところです」


 意外にも、今日のミストはよく話す。


「では、わたしは隠れて待機しておきます。フィリーナ、今度はしっかり頼みますよ」

「はっ……はいっ!」


 ミストの言葉に、フィリーナは一度大きく頷く。


 フィリーナは既に一回失敗している。だからこそ、彼女は真剣なのだろう。もっとも、真剣になったことで何かが変わる保証があるわけではないのだけれど。



「あ、あのぅ……夜中に失礼します!」


 フィリーナは、アスターの部屋の扉を、コンコンとノックする。しかし返事はない。それでも彼女は諦めず、ノックを続ける。


「すみませんー! 今少し構いませんかー?」


 待つことしばらく。

 扉の向こう側、部屋の中から、足音が聞こえてきた。


 フィリーナの喉が上下する。


 それから十秒ほど経過して、カチャと鍵の開ける音が鳴った。そして、ゆっくりと扉が開く。


「……こんな夜中に、どなたかね?」


 出てきたアスターは、寝巻きに身を包んでいるうえ、眩しそうに眉を寄せている。目も半分くらいしか開けていない。


「あ、あのっ……フィリーナ、です……」

「フィリーナ? えぇと……あぁ。侍女かね」

「はいっ」

「困るよ、こんな時間に起こされては」


 寝起きだからか、アスターはいつもより不機嫌だった。


「それで、用は何かね?」

「えと……少し見ていただきたいものがあって……」


 フィリーナは嘘をつく。

 申し訳なさそうな顔をしながら。


「なぜ私なのかね。夜勤の警備員でも呼べばどうかな」

「アスターさんにでないと……頼めないんですぅ……」


 断りづらいことを言われたアスターは、はぁ、と溜め息を漏らす。


「仕方ない、行こう。ただし、早めに終わらせてくれたまえ」

「ありがとうございます……!」


 フィリーナは明るい笑みを浮かべた。

 屈託のない、真っ直ぐさのある笑みを。


 それから彼女は、アスターを連れて、ベルンハルトの部屋の方へと歩き出す。アスターは、まだ眠そうな顔をしているが、フィリーナについていく。


 もちろん、行き先はない。


 アスターに見てもらいたいものがあるというのも、完全に嘘。


 が、屈託のない笑みを浮かべたフィリーナを見て彼女が嘘をついていると分かるはずもない。そんなことが分かる者がいたとしたら、その者の感覚は、とうに人間の域を超越している。


「……どこへ行くのかね?」

「ここなんですぅ」


 フィリーナはしゃがみ込む。


「ここの、床の隙間のところに」


 アスターも床にしゃがみ、懸命に目を凝らす。しかし何も見えなかったらしく、怪訝な顔で首を傾げる。


「床の隙間? うぅむ……老眼のせいか、あまり見えない」

「ここ、ここ。この隙間なんですよぅ」

「隙間? いや、だから、隙間が見当たらないのだが……」


 しゃがんだまま床を凝視するアスター。


 その背後に、大きめのクナイを持ったミストが迫る。

 ミストは、対象物であるアスターに気づかれぬように、ゆっくり彼へ接近していく。音も出ないしっとりした足取りで。


 そして——アスターの背に、クナイを振り下ろした。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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