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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
10.冷たき夜

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90話 傍にいて

「ところで。イーダ王女は、夜中に、こんなところへ何をしに来たんだ」


 話が一段落したところで、ベルンハルトが尋ねてきた。


「……目が覚めたの」

「夜中に一人で自室の外を出歩くなんて、危険すぎる」

「不気味だったのよ……部屋が」


 この場所へ来なければ、ベルンハルトとフィリーナが一緒にいるところなど見ずに済んだ。が、もしあのまま自室にいたら、間違いなく胃を痛めていただろう。少なくとも精神的に疲労したことは確かだし、ろくに眠れなかった可能性も高い。


 そう考えると、まだこちらの方がましだったような気がする。


「不気味、だと? 物音でもしたのか」

「いえ……」

「なら、なぜ不気味なんだ」

「何かがあったわけじゃないの。ただ何となく……嫌な感じがしたのよ」


 本当にそれだけだ。

 あの時は、至って普通の静けさすら、恐怖の対象になっていた。


 単に私がおかしいだけなのかもしれないけれど。


「そうだったのか」

「えぇ……ちょっとどうかしているわよね、私」


 夜は相変わらず静かだ。


 けれど、今は怖いとは思わない。


 それはきっと、ベルンハルトがいてくれるから。信頼できる人が近くにいて、声をかけてくれるからだと思う。


「部屋まで送ろう」


 ベルンハルトがそう言ってくれた。

 その言葉に、私は、天に昇りそうなほどの嬉しさを感じた。喜びと安堵が、胸の奥で混ざり合う。


「……いいの?」

「構わない。従者の勤めだ」

「……あんなに一方的に当たり散らしたのに?」


 すると、ベルンハルトは黙った。


 私の胸に緊張が走る。

 また不快にしてしまっただろうか、なんて思って。


 しかし、数秒の沈黙の後、彼はそっと口を開いた。


「叫ばれることには慣れている」


 発されたのは、意外な言葉。

 しかし、発した彼の顔つきが穏やかなものだったから、嫌みではないのだと判断することができた。


「そうなの?」

「収容所にいた頃は、よく怒鳴られていたからな」

「そっか。そういえば、フィリーナも怒鳴られていたわね」

「……あれは別物だが」


 まぁ、そうよね。ベルンハルトはフィリーナほどどじっ子ではなかっただろうし。


「とにかく、部屋まで送ろう」

「……ありがとう。お願い」

「よし」


 ベルンハルトは淡々とした声を発しつつ、くるりと振り返る。彼の瞳がフィリーナを捉えた。


「もういい。解散だ」

「は、はいぃー……すみませんー……」


 短く述べた後、ベルンハルトは再び私の方へと体を向ける。


「行こう」



 私とベルンハルトは歩く。

 目的地は、私の自室。


「フィリーナに悪いことしてしまったかもしれないわね……」


 彼女のことだ、悪意などなくベルンハルトと話していたのだろう。なのにいきなり私に怒鳴られ、驚いたに違いない。


 申し訳ないことをしてしまった。


「いや、気にする必要はない」

「案外冷たいのね」

「あの女は、夜にいきなり訪ねてきたうえ、半ば無理矢理部屋に入り込んできた。話をしたい、と」

「……冷たくない?」

「そしてずっと帰らない。仕方がないから話していたが、あのままでは睡眠時間がゼロになってしまうところだ」


 ベルンハルトの口から溢れるフィリーナに対する言葉は、意外にも、かなり冷たいものだった。


「だから、イーダ王女が来てくれて、ある意味では助かった」

「……何だか冷たいのね、ベルンハルト」

「問題か?」

「いいえ、べつに」


 私たちは歩き続ける。

 目的地は、私の自室だ。



 しばらくして、自室に着く。

 二人でいるからか、今度は、不気味だとは感じなかった。


「ゆっくり眠ってくれ」

「えぇ、ありがとう」


 ベッドに上り、横たわって、掛け布団を被る。


「その……ベルンハルト」

「何だ」

「今夜は傍にいてくれない?」


 こんなこと、異性の従者に頼んでいいことだとは思えない。が、今さら他の人を呼びに行くというのも面倒だ。


「僕が、か」

「駄目?」

「いや。貴女が望むのなら、それでもいい」


 ベルンハルトはそんな風に言いながら、ベッドの方へと近づいてくる。


「隣にいれば良いのか」

「構わない?」

「分かった。近くにいておく」


 歩いてきたベルンハルトは、ベッドのすぐ近くまで来ると、その場にしゃがみ込んだ。


「ここでいいか」

「えぇ。ありがとう」


 送ってもらったうえ、傍にいてほしいという我儘まで聞いてもらって、感謝しかない。返せるものがないのが少し辛いけれど。


 これでようやく心穏やかに眠れる。


 ——そう思ったのだけれど。


「こんな真夜中まで男とイチャイチャなんて、なかなかやんちゃな王女様やね」


 瞼を閉じかけた瞬間、聞いたことのある声が耳に飛び込んできた。


「……え?」


 その声がどこから聞こえてきたのか、私は、すぐには判断できなかった。


 ここは私の自室だ。今、この部屋の中に、私とベルンハルト以外の人間がいるということは、あり得ないことである。


 もしあり得たとしたら、それは、勝手に入ってきていたということになってしまう。


「ねぇ、ベルンハルト。今何か……声がしなかった?」

「はっ!」

「え?」

「す、すまない。ついうとうとしてしまっていた」


 寝ていないんだもの、仕方ないわ。


 けど、そんな呑気なことを言っていていいのだろうか。


「あはっ。見つからへんみたいやね。うちがどこにいるか当ててごらーん」


 また声が聞こえた。

 それを耳にしたベルンハルトの顔面が引きつる。


「……ラナか!」

「え? ちょ、あの、ラナって? 誰よそれ」


 ベルンハルトの発言についていけない。


「あの危険な少女だ」

「フィリーナの他の少女にまで手を出していたの!?」

「違う! 断じて!」


 なら一体……あ。


 もしかして、前にも襲撃してきたあの少女の名だろうか。


「前に襲撃してきた女の子?」

「そうだ」

「やっぱり……」

「もう一度言っておくが、手を出した女の名ではないからな」


 ベルンハルトは根に持っているみたいだ。

 手を出していたの、は、さすがに少し可哀想だったかもしれない。


 その時、ベッドの下から一人の少女が現れた。


「ちょっと! うちのこと無視せんといてくれる!?」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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