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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
10.冷たき夜

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89話 いや、それはやりすぎ

 扉が開きっぱなしだったから、私は見てしまった。


 一つのベッドに腰掛けて語らっている、ベルンハルトとフィリーナの姿を。


 とても楽しそうな顔をしているわけではなかったけれど、それでも、二人が並んでいる光景には衝撃を受けた。


 もっとも、見たのが私でなかったなら、ここまで衝撃的には感じなかったのかもしれないが。


「あ……」


 思わず声が漏れる。

 そのせいで、ベルンハルトの視線がこちらへ向く。


「イーダ王女?」


 ベルンハルトの凛々しい瞳は、私を捉えた瞬間、大きく広がる。

 そこに滲むのは、驚きの色。


「べ、ベルンハルト……その……何をしているの」

「貴女こそ、なぜここに」


 彼の言葉に、わけの分からない怒りが込み上げる。


「そういうことじゃないでしょう!?」


 私は感情的になった。いつになく鋭い声を発しただろうと思う。


 いつもの私なら、怒りが込み上げたとしても、少しくらい我慢したはず。自分を落ち着かせるように努力もしただろう。


 けれども、今は違った。


「こんな真夜中に女の子と何をしていたのか聞いているのよ!!」


 大きな衝撃を受けたばかりの頭は、完全に理性を失っていたのだ。


「何をそんなに怒っているんだ」


 ベッドから下りたベルンハルトは、こちらへ歩み寄ってきて、私の手を取ろうとした——が、私はその手を強く払った。


「触らないで!」

「イーダ王女、一体どうしたんだ」

「フィリーナと何をしていたの⁉︎ まずはそれを答えて!」


 分かってはいるのだ。こんな風にベルンハルトを責めても、何も生まれないということくらい。分かっている。私のこの苛立ちは、ただの焦りに過ぎないのだということも。


 フィリーナは可愛い娘だ。素直で、純粋で、穢れもない、天使のような娘。そして、男性なら誰もが、彼女のような人を愛おしく思うだろう。


 きっと、彼女のような人こそが、理想形の女性。


 けれども、私が頑張ったとしても——あんな風になることはできない。


「説明はする。だから落ち着け」

「おかしなことだったら許さないわよ!」

「僕は王女の名を汚すような真似はしない」

「いいから早く話しなさいよ!」


 私はただ、恐れていたのだろう。


 フィリーナのような娘が近くにいたら、今私の傍にいる人を奪われてしまうのではないか、と。


「あ……」


 恐れが苛立ちとなり、衝撃によって激しい怒りへと変貌したのだと思う。


 しかし、その怒りもいつかは落ち着き、その先に待っているのは——虚しさ。


「ご……ごめんなさい。取り乱したりして」


 勝手に不安になって、勝手にいらついて、勝手に怒って当り散らして。

 結局私は、人を傷つけただけではないか。


「お楽しみ中、邪魔して悪かったわね」


 今夜は傍にいてもらおうと考えていたが、私がこんな状態では、「傍にいてくれ」なんてとても頼めそうにない。それに、もし頼んで彼が頷いてくれたとしても、きっとまた当たってしまう。


 それは駄目。そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。


「帰るわ」


 私は向きを変え、歩み出す。


 あの不気味な自室へ帰るのは喜ばしいことではないが、非常に気まずい空気の場所にいるよりかはましだと思ったから。


 ——しかし、そんな私の腕を、ベルンハルトは掴んだ。


「少し待ってくれ」

「……離して」

「いや、それはできない」

「……どうしてよ」

「誤解は解消しておくべきだと思うからだ」


 こんな時でも、ベルンハルトは淡々としていた。


「また余計なことを言ってしまうかもしれない。だから、これ以上話さない方がいいわ」


 今話をしたら、またカッとなってしまう可能性がある。カッとなって、心以上の酷いことを言ってしまうかもしれない。だから、私としては、今は話したくない。


「べつに、言いたいことがあるなら言ってくれて構わない」

「……お願いよ、離して」

「それはできない」

「どうしてよ……!」

「このまま別れて、貴女に悪い夢をみせたくないからだ」


 ベルンハルトの口から飛び出した言葉に、私は、暫し何も言えなかった。彼の発した言葉が、予想を遥かに越えてきたからである。


 彼の言葉を聞いた瞬間は、「ふざけているの?」と思ったほどだ。

 が、ベルンハルトの表情は真剣そのものだった。笑わせようとしているとは、とても思えない。


「……悪い夢、ですって? 貴方、こんな時に限って、ふざけているの?」

「ふざけているわけがないだろう。僕は真剣だ」


 でしょうね。真剣な顔をしているわ。


 ただ、言葉はふざけているとしか思えない。真面目に言ったとは、とても理解し難い。


「何をしていたのかは、包み隠さず説明する。だから聞いてくれ」

「……聞きたくないわよ」

「なぜだ。説明しろと言っていただろう」

「あれは……衝動的に言っただけ。本心じゃないわ」


 そこまで言っても、ベルンハルトは離してくれなかった。彼は私の腕を掴んだままだ。


 できることなら逃れたい。


 けれど、恐らく、少し抵抗したくらいでは彼から逃れることはできないだろう。

 力の差が大きすぎる。


「僕とあの女は、ただ、話をしていただけだ」

「……楽しい話?」

「いや、まぁまぁな話だ」

「まぁまぁな話って何よ!?」


 そういう空気でもないのに、思わず突っ込みを入れてしまった。


「失敗の多さに関する話だ」

「し、失敗の……?」

「あまり迷惑をかけるなよ、と」


 そんなことを、こんな夜中に話すものだろうか。


「嘘ね」

「いや、事実だ」

「嘘だわ」

「僕は主に嘘をつくほど卑怯な人間ではない」


 信じられるわけがない。


 ないのだけれど——彼の発言が完全に嘘だとも思えなかった。


 なぜなら、ベルンハルトの瞳が私を真っ直ぐ見つめていたから。嘘をついている時にこんな目はできないだろう、と考えたのだ。


「……そう」

「納得してくれたのか」

「していないわよ!」

「な。そうなのか」


 ベルンハルトは目をぱちぱちさせる。


「そうだな……何なら、僕と彼女の間に情などないと、この場で証明してもいい」

「そんなことができるの?」

「もちろんだ。今ここであの女を殺す」


 ベルンハルトの目が本気だったので、少し怖かった。


「そんなの駄目よ! ……というか、何よそれ!?」

「いや、だから、証明しようと」

「べつに、そこまでしろとは言わないわよ!」


 するとベルンハルトは、首を傾げた。


「そうなのか?」


 いや、そんな可愛い感じに首を傾げられても。

 美少女がするならともかく、青年に首を傾げられても、コメントに困る。


「そうよ。……もういいわ」


 ただ、ベルンハルトとフィリーナがいやらしい関係でないことは、ある程度分かった。今はそれだけで十分だ。


「いいのか」

「今後は、誤解を招くような行動は慎んでちょうだい」

「分かった。なるべく気をつけよう」


 はぁ……何だか一人で疲れてしまったわ……。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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