8話 そういうところ
その後、父親が必死にベルンハルトを説得し、今夜の夕食は三人で食べることになった。
私と父親、そしてベルンハルト——その三人で、である。
ただ、半ば強制的に私たちと食事を共にしなくてはなったベルンハルトは、納得がいかない、というような顔のままだった。
「ベルンハルト! 今日は美味しいものを食わせてやるからな!」
「触るな」
「何だそれ。美味しいもの、食べたくないのかぁ?」
「ここにいることを強制しておいて、そのようなことを言われても、不愉快なだけだ」
父親はベルンハルトを気に入っているようで、彼にどんどん絡んでいっている。しかしそれとは逆に、ベルンハルトは、父親のことを嫌っているようだ。二人は完全にすれ違ってしまっている。
「相変わらず冷たいな」
「当然だ。親しくするつもりはない」
仕事机のすぐ横にある椅子に座っているベルンハルトは、何を言われても、顔色を変えたりはしない。常に無表情で、視界に入った者を時折鋭く睨むだけである。
私は少し離れたソファに座り、父親とベルンハルトの様子を眺めていた。それ以外にするべきことがないからだ。
ベルンハルトは、今のところは、大人しくしている。
もちろん、心を開こうとはしない。が、私や父親へ何か仕掛けようとしている感じはなかった。
「そういや、ベルンハルトはどこの出身なんだ?」
「答える必要はない」
「何だそれ。そのくらい、教えてくれたっていいだろ?」
父親が、女を口説こうとしている男に見えて、心なしか笑えた。
「そんなことを聞いて、何になる」
「何になる、か……すまん! そこまで考えてはいなかった!」
「馬鹿か」
星王に対し平気で「馬鹿」なんて言える度胸だけは、尊敬に値すると思った。
……いや、正確には、尊敬できるところは度胸だけではないのだが。
「馬鹿とは何だぁ!? それは酷くないか!?」
「事実を述べたまでのことだ」
「うそーん! じゃ、俺は馬鹿星王ってことか!?」
「個人的見解ではあるがな」
父親とベルンハルトのやり取りを聞いていると、何やらおかしな気分になってきた。
身分としては、父親の方が圧倒的に上なはず。なのに、会話を聞いている感じでは、ベルンハルトの方が上であるかのように感じられるのだ。
だが、取り敢えず平和な時間が訪れたことは嬉しい。
もし願いが叶うなら——これからはこんな風に、穏やかに過ごしたい。
それからも穏やかな時間が過ぎた。
そして、やっと夕食の時間が訪れる。
「本日はこちらの部屋まで運び込ませます」
シュヴァルはそう知らせに来てくれた。
それにしても、側近がこういった類の仕事までこなしているということは、少々意外だ。彼のような側近が関わるのは、政治的な仕事なんかに関してだけなのだろうと、何となく想像していたのだが。
夕食の時間が来ると、料理が星王の間へ運ばれてきた。
下にコマがついていて手で押せるようになっているテーブル。その上に、料理の乗った皿が並べられている。
「よし、食べよう」
料理が運ばれてきたことに気づき一番に声をあげたのは、父親だった。その顔つきからは、わくわくしていることが強く伝わってくる。久々に親子で食事ができることが、嬉しいのかもしれない。
「イーダと一緒の夕食! 久々だな!」
「えぇ、そうね」
父親の高いテンションには少しついていけないが、一応無難な言葉を返しておいた。盛り上がっているところに水をさすのは、申し訳ない気がしたからである。
すると父親は、今度は、ベルンハルトの方へと視線を向けた。
「ベルンハルトも早く来いよ。食べるぞ!」
椅子に座っていたベルンハルトは、声をかけられてから、ゆっくりと腰を上げる。そして、私や父親がいる方へと歩みを進めてきた。
ただ、凛々しさのある彼の顔に、何か表情が浮かぶことはない。
黙々と歩いてきたベルンハルトは、私と父親の近くへ来ると、その足を止めた。
「あら、来てくれるの。案外優しいのね」
私がそう言うと、彼の表情が初めて動いた。
先ほどまでの無表情から一変、眉間にしわをよせ、不愉快極まりない、といった感じの顔つきになっている。
今の私の発言は、そんなに嫌な思いをさせるようなものだったのだろうか……。
「優しくなど、ない」
「そう? でも、本当は嫌でしょうに、こうして一緒にいてくれているわ。それだけでも、十分優しい人だと思うわよ」
するとベルンハルトは、その薄い唇を真一文字に結んだ。彼の瞳は相変わらず私を捉えているが、睨まれているというよりかは、凝視されているという雰囲気である。
それからしばらく、彼はその場に立ったまま、口を開こうとしなかった。
——まさか、怒らせてしまった?
そんなことが脳裏をよぎる。
せっかく我慢していてくれているのに、不快な思いをさせてしまったら、もはや申し訳ないとしか言い様がない。
私が一人ぐるぐると考えていた——その時。
「……貴女は苦手だ」
ベルンハルトがぽそりと呟いた。
「え?」
「貴女はよく分からない」
彼の瞳には、私の姿が、くっきりと映り込んでいる。それほどに澄んだ瞳をしているのに、表情は曇っているのが、とても不思議だ。
「貴女も、あの男も、よく分からない」
「あの男って……父のこと?」
ベルンハルトは一度だけ静かに頷く。
「オルマリン人でもない僕に、なぜこんなにも関わろうとするのか。理解不能だ」
「貴方が何人でも、そんなことは関係ないわ」
そう言ってから、私はふと、ヘレナの言葉を思い出した。
『我々は、あそこで暮らす彼らを、『人』とは呼ばないのです』
確か彼女はそんなことを言っていたような……。
「ベルンハルト。貴方が違和感を抱いているのは、人として扱われていることに対して、なの?」
偶然思い出したヘレナの言葉。そこから繋がったことを、ベルンハルトに尋ねてみた。
「もし違ったら……ごめんなさい。あくまで想像の域を出ないことではあるのだけれど」
私は改めて、彼の瞳へ視線を向ける。
「……違った?」
するとベルンハルトは、微かに目を細めながら、口をゆっくりと動かす。
「……そうかも、しれない」
「やっぱり!?」
「そういうところが苦手だ」
「え。どういうところよ」
「そういうところだ」
いや、そういうところとだけ言われても、どういうところかまったく分からないのだが。
そんな風に内心突っ込んでしまったことは、私だけの秘密にしておこう。




