86話 また人が増えた……けど?
こうして、私の周りには、また人が増えた。
今度は従者ではなく、身の回りの世話をしてくれる、王女つきの侍女である。
といっても、従者との違いはいまいち分からない。ただ一つ確かなことは、私の自室に出入りする人が増えた、ということだけだ。
「——で、その娘が侍女になったーってわけ?」
星王の間を出て自室へ戻ると、そこで待機していたリンディアやアスターに、フィリーナのことを紹介した。
しかし、リンディアもアスターも、眉間にしわを寄せている。
「そうなの。フィリーナっていうのよ」
「ほう。これまた、若々しい娘が当たったものだね」
「アスターさんは若い女の子が増えて嬉しいんじゃない?」
「いや、まったく。失礼ながら、まったくだよ」
なぜだろう。二人とも、フィリーナを受け入れてくれそうにない。
「よ、よろしくお願いしますぅ……」
冷たい態度を取られたフィリーナだが、向けられた冷ややかな視線に負けず、懸命に頭を下げる。
もっとも、それでもリンディアとアスターの表情が変わることはなかったのだけれど。
——翌朝。
私がベッドの上で目を覚ますと、室内が何やら騒々しかった。
「ちょっとー! 何やってんのよ!?」
「す、すみませんー!」
「ここは王女様の部屋よ、分かっているのー!?」
「は、はいぃ!」
暫し聞いていると、その騒々しさの原因が、リンディアとフィリーナであることが分かった。
恐らくは、フィリーナが何かやらかしたのが原因なのだろう。しかし、今私が出ていくと、さらなる大騒ぎになりそうな気がして仕方ない。
ただ、ずっとこうしていても、いつかは起きているとばれるだろう。
後から「起きていたの!?」となるのも、少々恥ずかしいものがある。
そんなことを一人考え、「どうしよう……」と悩んでいた最中。唐突に、アスターが現れた。
「おはよう、イーダくん。目が覚めたのかね」
「アスターさん!?」
思わず大きな声を出してしまった。恥ずかしい。
「起床早々枯れ果てた男の顔を拝むことになるなんて、と、がっかりしているかな?」
「まさか。そんなことはないわ」
正直、男の年齢なんてどうでもいい。
べつに、起きてすぐに美男子を見たいなんて欲望があるわけでもないし。
「ところでアスターさん。あの騒ぎは何?」
今一番気になっていることを尋ねてみた。
するとアスターは、呆れたような顔で、口を開く。
「あの侍女の娘が、信じられないほど不器用でね。運んできたトイレットペーパーを部屋中に散乱させたり、花瓶の水を入れ替えようとして洗面所を水浸しにしたり、早朝から色々凄まじいことになっていたのだよ」
うわぁ……。
「最初はリンディアが色々と手伝っていたのだがね……」
「もっと酷いことがあったの?」
「お疲れ様、と出された紅茶に謎の虫がこんにゅ——」
「お願い! それ以上は言わないで!」
思わず耳を塞いだ。
起きるなりそんなことを聞いてしまったら、今日一日、何も飲めなくなってしまう。
「おっと失礼。そう。そういうことがあって、リンディアは、ついに爆発してしまったのだよ」
「そうだったのね……」
私がのんびり眠っている間に、どうやら、結構凄まじいことが起きていたようだ。眠っていた私は、ある意味ラッキーだったのかもしれない。
「いー加減にしないとアンタ! ほーり出すわよ!」
「ふぇーん! お願いですぅ。それだけは、それだけは勘弁して下さいぃぃぃ!」
リンディアとフィリーナは、まだ騒いでいる。
「……そろそろ黙らせた方がいいかね?」
「そうね。近くの部屋に迷惑になるかもしれないわ」
「承知。では、私が黙らせてくるとしようかな」
「お願いね」
本気で怒っているリンディアを、アスターが制止できるとはとても思えない。だが、私になら制止できるという保証があるわけでもないので、ひとまず彼に頼んでおいた。
若干情けなくとも、師匠は師匠だ。
きっと何とかしてくれるだろう。
それから数分経って、リンディアの声が聞こえなくなったため、私はベッドから出ていった。
「おはよう、リンディア」
「……おはよー」
リンディアは乱雑にソファに腰掛けている。しかも、非常に不機嫌そうな顔で。
私に挨拶を返してくれたのが不思議なくらいだ。
「お、おはようございますぅ……」
侍女の制服を身にまとったフィリーナは、おどおどしながら、私に挨拶をしてくれた。
「おはよう、フィリーナ」
「ふぇぇ……お優しい……」
よく見ると、彼女の着ている服はかなり汚れていた。
黒いスカートの裾は見ただけで分かるほどに湿っており、エプロンには茶色い染みがいくつもできている。
まだ朝だというのに、この汚れよう。なかなか凄まじいものがある。
一日経ったらどうなってしまうのだろう……、という感じだ。
「フィリーナ、朝早くからご苦労様」
「はっ、はいっ! ありがとうございますっ!」
素直なところは悪くないのだが。
「ちょっと王女様、聞ーてくれなーい?」
口を挟んできたのはリンディア。
恐らく、フィリーナに関する文句を言いたいのだろう。
「どうしたの?」
「彼女、ぜーんぜん役に立たないわよー」
リンディアは一切躊躇うことなく言った。本人が目の前にいるというのに。
「朝から見ていたのだけど、ほぼ、よけーなことしかしてなかったわよ。むしろ、彼女がいることで状況が悪化してるとしか思えないわー」
フィリーナは俯く。その唇は、微かに震えていた。
「お世辞にも侍女に向いてるとは言い難いわねー」
「そう? まだ慣れていないだけじゃなくて?」
「どう考えても、慣れてる慣れてないの問題じゃないわよー」
確かに、フィリーナは不器用なのだろう。
第一収容所で会った時も、また間違った、みたいなことで怒られていた記憶がある。
だが、父親があれほど推薦していたことには、何か意味があるはずだ。
もしフィリーナがただの無能であるのなら、あれほど必死に推薦することはないと思うのだが。




