80話 二人きりという特別感
自室内でベルンハルトと二人きりという状況は、私を非常に緊張させる。
彼が私の従者になってくれてから、もうだいぶ経った。しかし、彼と二人になってしまった時の得体の知れない緊張感は、いまだに消えない。
敵意向けられているわけでもないのに……謎だ。
「ねぇ、ベルンハルト。そういえば、リンディアとアスターさんはどこにいるの?」
ベッドから起き上がった私は、寝癖のついた髪を見られたことを恥ずかしく思いつつ、尋ねてみた。
すると、彼はさらりと答える。
「今日はアスターの家へ行くと言っていた」
よく考えてみれば存在して当然なのだが、「アスターの家」という言葉に驚いた。彼は一軒の家に留まるような暮らしをしていないものと、そう思い込んでいたから。
「そうだったのね」
「あぁ」
「じゃあ今日は、ベルンハルトしかいないのね」
「そうなるな。二人きりだ」
二人きり。
その言葉が耳に入った瞬間、胸の鼓動が速まった。
緊張はする。けれども、それと同時にワクワクもする。そこが実に不思議なところだ。人の心は単純なものではないのだと、改めてそう教えてくれる。
「二人きり、かぁ……」
私が思わず漏らしたのを聞き逃さず、ベルンハルトは鋭めの声を発する。
「心配するな。襲撃者が来たら、すぐに撃退する」
いや、いきなり物騒過ぎないだろうか。
「違うのよ。そういう心配をしているわけじゃないの」
「そうなのか?」
「せっかくの二人きりをどう活かそうかなって、ワクワクしながら考えていたのよ」
ベルンハルトと二人きりになるなんて、なかなかないことだ。この機会を逃すのは勿体ない。運良く与えられた機会なのだから、それを上手く活かして、少しでも楽しく過ごしたいものだ。
「ワクワク? なぜだ。よく分からない」
「ふふ。私の心のことだから、まだ分からなくていいわよ」
「そうか」
言いながら、ベルンハルトは立ち上がる。
「ところで、僕はここにいた方がいいのか」
「え?」
「外へ出ておいた方が良ければ、そう言ってくれ」
立ち上がったベルンハルトは、涼しい顔でそんなことを言った。
「だ、駄目よ! 外へ行っちゃ駄目!」
外に出ていかれたりしたら、私のワクワクは完全に消滅してしまう。それだけは、何としても防がねばならない。
「今日は一緒に過ごすの!」
——あ。
勢いのままに、言ってしまった。
「一緒に、だと?」
「そ、そうよ! 一緒に、よ!」
ベルンハルトに怪訝な顔をされてしまったのは若干辛いが、このくらいで挫けるわけにはいかない。
「せっかく二人なんだもの!」
「僕と一緒にいても、あまり楽しくないと思うが」
「いいえ。きっと楽しいわ」
「不愉快な思いをするだけだと思うが」
「そんなことないわ!」
私はベルンハルトの手を掴む。
「絶対楽しい!」
これは、従者と主が言い争うような内容ではない。しかし、私としては、「楽しい」と言わなくては気が済まなかった。
「……そうなのか」
私が急に調子を強めたからか、ベルンハルトは、戸惑ったように目をぱちぱちさせている。
「えぇ!」
「ならいいが。……では、何をする?」
そうだった。私はそれを考えていたのだった。
「ベルンハルトは何がしたい?」
「僕に意見を求めるな」
「それは、何でもいいということ?」
「あぁ。そんな感じだ」
こくりと頷くベルンハルトは、どこか子どものような雰囲気をまとっていた。
「じゃあ……うーん……」
暫し考えた後。
「お出掛け!」
パッと思いついたことを口から出した。
が、よくよく考えてみれば、お出掛けなんてできるわけがない。
これといった行き先があるわけではないし、そもそも、どこへならすぐに出掛けられるというのか。
「それは難しくないか」
「そうよね……」
「だが、貴女がどうしてもと言うなら、何か考えようか」
ベルンハルトの口から出たのは、意外な言葉だった。
「いいの!?」
「もちろんだ」
そう話すベルンハルトは、口角を微かに持ち上げている。また、目つきも、どことなく柔らかさを感じさせる目つきだ。
「どこへ行くか考えよう」
「そうね!」
今のところ、順調。
「この建物の外は無理なのか」
「そうなの。勝手に出ることはできないわ」
王女でなければ、どこへでも行けるのに——その思いは、なかなか捨てきれない。
「なら、建物の中で決めなくてはならないな」
「えぇ」
「建物の中を散策、というのはどうだ」
確かにね。そのくらいしかないわよね。
「それならすぐに行けるから良いと思うわ」
「貴女のお気に入りの場所があれば、ぜひ紹介してほしい」
「……そんなことでいいの?」
「あぁ。僕はまだ、あまりたくさんの場所へは行ったことがない。従者をしていると、よく行く場所というのも限られてくるからな」
建物の外へ出なくていいなら、許可を取る必要もない。それに、襲撃に遭う可能性も、外へ行く場合よりかは低いだろう。もちろん「絶対に大丈夫」とは言えないが。ただ、慣れていないところへ行くより安全であることは確かだと思う。
しかし、問題が一つ。
私にはお気に入りの場所なんてない。
唯一にして、大きな問題だ。
「いいわよ、そうしましょう」
「よし」
「ただね……」
「何だ」
「私、お気に入りの場所なんてないの」
素敵なところをたくさん案内してあげたいという心はあるのだが、生憎、私はこの建物についてそれほど詳しくない。だから、どこが素敵だとか、どこに魅力があるだとかまでは、あまり紹介できそうにないのである。
「だから……知っている場所の紹介でもいい?」
すると、ベルンハルトはこくりと頷く。
子どものような頷き方が、素直な感じを漂わせている。
「分かった」
「せっかく案を考えてくれたのに、ごめんなさいね」
「いや。ただ紹介してもらえるだけでもありがたい」
ベルンハルトの優しさに、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。




