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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
8.束の間の平穏

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79話 おはよう

 こうして、第一収容所への視察は無事終了した。


 いや、もちろん、何もなく終わったわけではない。何度も襲われたし、多少の負傷もあった。だから「無事終了した」という表現はあまり相応しくないかもしれない。


 ただ、重傷者や死傷者が出なかったのは良かった。


 ベルンハルトも、リンディアも、アスターも。色々ありはしたけれど、ちゃんと生きている。

 今はそれだけで十分だ。



 ——星都へ戻り、翌朝。



 自室のベッドの上で、私はふっと目を覚ました。


 昨夜のことはあまり記憶にない。ただ、ベッドの上で目を覚ましたことから、ちゃんと寝たのだということだけは理解できた。


 あくびによって濡れた目もとを手の甲で拭き、ゆっくりと上半身を起こす。


「おはよう」

「おはよう……って、え?」


 まだ起ききっていない目を開くと、ベルンハルトの姿を捉えることができた。


「べ、ベルンハルトッ!?」


 私は思わず大声を出してしまう。

 彼が意外と近くにいたからである。


 起きてすぐの時はぼんやりしていたからか、気づかなかった。しかし、彼は私のすぐ隣にいたのだ。


「どうして!?」

「驚かせてしまったか」

「い、いえ。それは大丈夫よ。ただ、どうしてベルンハルトがここに?」


 何をするためにここにいたのかが気になるところだ。


「僕は見張っていただけだ」


 意外な答えが返ってきて、驚いた。


 見張っていてもらえるのはありがたい。が、主の枕元で見張るというのは、少々距離が近すぎる気がする。

 嫌とは言わないが……何とも言えない心境だ。


「最近はやたらと襲撃があるだろう。だから、貴女が眠っている間も見張りをつけておかなくてはならない、と思ったんだ」


 邪な企みのためにここにいたわけではないようで、取り敢えず安心した。


 いや、べつに、ベルンハルトのことを疑っているわけではないけれど。


「なんだ、そういうことだったのね」

「不快にしてしまったなら謝る」

「いえ、気にしないで。そういうことなら、むしろ私がお礼を言わなくちゃだわ」


 ベルンハルトが枕元にいて驚いたということは事実。しかし、彼の行動が私の身を護るためであったのならば、彼を責めるわけにはいかないだろう。


「で、特に何もなかった?」

「あぁ。実は僕も途中から寝てしまっていたのだがな」


 ずっと見張っていたわけではないのか。

 私は内心そんな風に突っ込みを入れてしまった。


「ただ、異変がなかったことは確かだ」

「ありがとう、ベルンハルト」


 ベルンハルトとて、寝る気で寝たわけではないのだろう。ならば仕方のないことだ。生き物である以上、寝ずに生きていくことはできまい。


 あんな戦いのあった日だ。

 きっと、ベルンハルトも疲れていたのだろう。


「ベルンハルトはよく眠れた?」

「恥ずかしながら、ぐっすり眠ってしまった」

「ふふ。私もよ。昨夜ベッドに入った記憶がないわ」


 そのうちリンディアやアスターが来るかと思っていたが、案外来なかった。


 それゆえ、ベルンハルトと二人きりの時間が続いていく。


 けれど、それを嫌だとは思わなかった。ベルンハルトと二人きりでゆっくり話すというのも、時には悪くない。


「そうだ。ベルンハルト、怪我したんだったわよね」

「怪我……背中のことか」

「そうそう。もう大丈夫なの?」

「あぁ。手当てはしている、問題はない」


 ネージア人の大柄な男との戦いの時も、ベルンハルトは動けていた。そこから察するに、生活に支障があるほどの怪我ではないのだろう。


 ただ、それでも、少し心配になる時はあるものだ。


「ならいいけれど……くれぐれも無理はしないでちょうだいね。何か問題があったら、すぐに言うのよ」

「分かった。そうする」


 今日のベルンハルトは妙に素直だ。

 それが何だか微笑ましくて、私は思わず笑い声を漏らしてしまう。


「ふふっ」


 私が何の前触れもなく笑ったからか、ベルンハルトは怪訝な顔をする。


「……なぜ笑う?」

「ごめんなさい。何だか、微笑ましくって」

「微笑ましい、だと?」


 ますます怪訝な顔になるベルンハルト。


「変な意味じゃないわよ。ただ、素直なベルンハルトを見ていたら、温かい気持ちになって」


 苦しい言い訳のように聞こえないこともないが、これはすべて事実だ。ごまかすための言葉なんかではない。


「温かい気持ち、か……。僕にはよく分からないな」

「そうなの?」

「気持ちなのに温かい、というところが、まったく理解できない。温かいは、主に温度に使うものだと思っていたのだが」

「まぁ、そうね。貴方みたいな人生を送っていたら、温かい気持ちになることなんてなかったでしょうね……」


 するとベルンハルトは黙った。

 悪いことを言ってしまっただろうか、と密かに焦る。


「……あ。え、えと……」


 ベルンハルトは勇敢で凛々しいが、それでいて繊細だ。ほんの一言、小さなことでも、傷ついてしまうかもしれない。


 彼をそんな目には遭わせたくない。


「その、ごめんなさい。ベルンハルト。変な意味じゃないのよ。私はただ……」


 悪意がなかったことを何とか伝えたいのだが、上手く言葉が出てこない。心をちゃんと伝えなくてはならない時に限ってこれだから、嫌になってくる。


 言葉を上手く発することができずあたふたしていると、ベルンハルトは唐突に、私の顔をじっと見つめてきた。


「イーダ王女」

「へっ?」


 うっかり、情けない声を発してしまった。


 恥ずかしい……。


「僕に対して気を遣うのは止めてくれ」

「え、えぇ」

「そういうことをされると、こちらも困ってしまう」

「そう……ごめんなさい」


 どういった対応が最も相応しいのか不明だが、一応謝っておく。


 するとベルンハルトは、私の手をそっと掴んできた。


「貴女が優しいことを責めるつもりはない。ただ、僕としては、こき使ってもらえる方がしっくりくる」


 ベルンハルトの手は大きい。

 単に握っているだけだろうに、いとも容易く、私の手を包み込んでしまう。


「こき使って……だなんて。面白いことを言うのね」

「いや、面白いことを言ったつもりはないのだが」

「面白いわよ。ただ、残念ながら、その希望に応えることはできないわ。私には、ベルンハルトをこき使うなんて、できっこないもの」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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