7話 彼と星王
シュヴァルは許可を得ると、一度星王の間を出ていく。そして、数分してから戻ってきた。
戻ってきたシュヴァルの背後には、ベルンハルトの姿がある。ベルンハルトは、やはり鋭い目つきをしていた。彼の心は、まだ解けていないようである。
「ベルンハルトを連れて参りました」
シュヴァルは父親に対しそう言った。
続けて、私の方へ顔を向けてくる。
「王女様、ご安心を。顔に傷はつけておりません」
う……まただ……。
こういうことを言われるのは想像の範囲内ではあるが、正直、あまり嬉しいことではない。
「おかしなことは言わないでちょうだいね、シュヴァル」
父親に誤解されたら、非常にややこしいことになりそうだ。だから、前もってシュヴァルにそう忠告しておいた。先に忠告しておかないと、どのようなことを言われるか分かったものでないから。
「えぇ、もちろん。このシュヴァル、余計な口は開きません」
シュヴァルは笑顔で応じてくれた。だが、笑顔のせいであまり信用できない。
……やはり、一応警戒しておかなくては。
「噂の彼を連れてきてくれたんだな、シュヴァル」
「はい。お連れしました」
シュヴァルは軽くお辞儀をし、背後に立っていたベルンハルトの体を前へと押し出す。
それに対しベルンハルトは、シュヴァルを冷たく睨んだ。恐らく、乱雑に扱われたのが不愉快だったのだろう。
「そうやって、すぐに他人を睨むのはよくありませんよ」
「余計なお世話だ」
ベルンハルトは相変わらずだ。しかし父親はというと、明るい笑みを浮かべて、ベルンハルトに話しかけようとしていた。
「初めまして。君が噂の男の子だね」
今のところ、ベルンハルトのことを悪くは思っていないらしい。
それが分かり、私は密かに安堵した。星王である父親がベルンハルトを嫌ってしまえば、彼の立場は危うくなる一方だから。
「シュヴァルから、イーダの従者になってくれる予定だと聞いているよ」
父親がそう言うと、ベルンハルトは怪訝な顔をする。
「それは間違いだ。オルマリンの女に仕える気はない」
「なっ! そうなのか?」
「僕は仕えるとは言っていない」
「そんなぁ!」
ベルンハルトにきっぱりと返され、父親は星王らしからぬ情けない声を出した。
私の父親には星王としての威厳が欠けている——素直にそう感じた。
彼が優しく悪人でないことは、もちろん知っている。それはもう、嫌というほど。一人の人間という意味では、彼は善い人だと思う。ただ、娘の私から見ても、彼が星王に相応しくないことは明らかだ。
善良な人間であることと、人々の上に立つに相応しい人間であることは、必ずしも一致するものではない。
「イーダの傍にいてくれるという話は、嘘だったのか!?」
「嘘ではない。僕はそもそも、『仕える』とは言っていない」
星王の前であっても淡々とした態度を崩さないベルンハルトの度胸は、なかなかのものだ。媚を売ろうとしていないところが、良い意味で印象的である。
「勝手に話を進めておきながら、僕が嘘をついたかのように言われるのは、非常に不愉快だ」
「確かに……それもそうだな。すまなかった!」
父親は頭を下げ、謝罪した。
その素直すぎる対応に、近くで見ていたシュヴァルは驚いた顔をする。まるで珍妙な生物を見たかのように、目をぱちぱちさせていた。
「そういうことなら、今ここで改めてお願いしよう! イーダの従者になってやってくれぇ!」
「断る。僕はオルマリンには仕えない」
即答だった。
星王相手に、こうもはっきりと断れるなんて、ベルンハルトはある意味逸材かもしれない。
「なら、夕食だけでも一緒に! それで心が変わらなければ、断ってくれて構わないっ!」
どうやら父親は、ベルンハルトを気に入っているようだ。父親は今、ベルンハルトの頑なな心を動かそうと必死である。
「……なぜ、そのようなことを言うのか」
しばらく黙り込んでいたベルンハルトが放ったのは、そんな言葉だった。
「僕はオルマリン人ではない。それゆえ迫害を受けてきた」
ゆっくりと口を動かす彼の、その細い目からは、どことなく哀愁が漂っている。何か、言葉として発することのできない複雑な思いが、胸のうちにあるのかもしれない。
「だから、突然態度を変えられても、そう容易く納得することはできない」
ベルンハルトの口から放たれる言葉。それは、彼が生きてきた人生を垣間見ることができるような、静かで寂しげなものであった。
「……ベルンハルト。貴方は、オルマリンを恨んでいるの?」
「そうだ。僕はオルマリン人と分かりあえるとは考えていない」
「でも、あの時は助けてくれたわよね」
ダンダに命を狙われた時、頼んだわけでもないのに、彼は私を救ってくれた。
あの優しさが幻だったとは、どうしても思えない。
「私がオルマリン人だということは知っていたはずよね。にもかかわらず助けてくれたのは……なぜ?」
少し怖いが、ベルンハルトの顔へ視線を向ける。すると、彼も私の顔を見ていたことが分かった。
偶然に過ぎないのだろう。
ただ、今はなぜか、得体の知れない運命のようなものを感じる。
「あの男を殺れる機会を逃すわけにはいかなかった。ただそれだけだ」
「ダンダという人に恨みがあっただけ、ということ?」
「そうだ」
「じゃあ……私を助けてくれたわけではなかったのね?」
「そういうことだ」
助けてくれたのだと思っていたが、それ自体が間違いだったというのか。
「そうだったのね」
なぜだろう、妙に悲しい。
彼なら私を護ってくれるかも——そんな風に期待している部分があったから、悲しいのかもしれない。
「イーダを護ることが目的でなかったということなのかっ!?」
個人的にしんみりしていたところ、それをぶち破るように、父親が声を発した。
「こんなに可愛いイーダより、他の男へ意識を向けていたというのか!? 君は正気かっ!?」
しんみりしていたのが吹き飛んだのはありがたいことだ。
……が、親馬鹿は大概にしてほしい。




