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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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77話 少女との契約

「けど、合流するって言っても、簡単ではないでしょー?」

「確かにそうね。父さんがどこにいるかも分からないし……」

「取り敢えず、受付へ行って確認するのが懸命だろうな」

「そろそろ綿菓子が食べたくなってきたのだがね」


 そんな風に話しつつ歩き出すイーダたち四人の後ろ姿を、壁の陰からそっと見ている者がいた。


 一人は少女。一人は男性だ。


「ふ、ふわぁぁぁ……」


 ネージア人の男が幾人も倒れている光景を目にし、少女は、困りと驚きが混ざったような声を漏らす。


「みんなやられてしまいましたぁ……」

「見ましたか? オルマリン人の残虐な本性を」


 少女に語りかける男声は——シュヴァルのものだ。


「彼らは極めて凶悪です。逆らう者は誰であろうと、今のように、蹴散らしてしまうのです」


 そんなシュヴァルの言葉に、少女は困った顔をする。

 琥珀色の美しい瞳が、動揺に色を映しながら揺れていた。


「こ、殺してはいませんよね……?」

「さすがに全員を殺すほどの余裕はなかったようでしたね」

「なら、まだましなのでは……?」


 少女がイーダらを擁護するような発言をした瞬間、彼女を見下ろすシュヴァルの目が一瞬にして色を変える。


「……あっ」


 シュヴァルの機嫌が変わったことを察したようだ。少女の顔が強張る。

 彼女のはそれまでより少し硬めの表情で言う。


「ご、ごめんなさい。それで……頼みっていうのは、何でしたっけ」


 流れる空気は冷たい。それはもちろん、外が寒いというのもあるのだろうが、それだけの冷たさだとは思えないような冷たい空気が流れている。血まで凍りつきそう、という表現が相応しいような冷たさだ。


「そうでした。その件でしたね」

「……はい」

「貴女には、王女つきの侍女として働きに来ていただきたいのです」


 少女は目を見開き、体を大きく仰け反らせる。


「えええ!」

「しっ。静かにしなさい」

「は、はいぃ……」


 少女は胸に手を当てて、心を落ち着かせるように、ふう、と息を吐く。

 彼女なりに動揺を緩和しようと努めている様子だ。


「何も侍女として一人前になれとは言いません。そもそも、不器用な貴女が一人前になれるわけがありませんから」


 シュヴァルは淡々と述べる。


「貴女には、ただ、王女様が一人になる時間を作っていただきたいだけなのです」

「おうじょさまがひとりになるじかん?」

「そう。つまり、従者が王女様から完全に離れる時間を作れれば、それだけで良いのです」


 赤みを帯びた柔らかな髪の少女は、シュヴァルの話を聞き、小さく「えぇぇ……」と漏らしている。


「まさか、やりたくないのですか」

「い、いえ! そんなことはありません! ……ただ」

「ただ?」

「王女様をお一人にするなんて、危険ではありませんか……?」


 少女が放ったまさかの発言に、シュヴァルは思わず顔をしかめる。


「貴女は馬鹿ですかね」

「へ?」

「王女様を確実に仕留めるために、一人にするのです」

「えええ!」


 またしても大声をあげる少女。その口を、シュヴァルは片手でパッと塞いだ。


「いちいち騒ぐのは止めなさい」


 イーダたちの背は遠ざかっていく。


「で、協力していただけますか? いただけますよね?」

「はわわ……王女様を仕留めるために協力なんてできませんよぉ……」


 少女は首を左右に動かす。


 するとシュヴァルは、「おや」と言いながら、彼女に顔を近づける。


「ご家族がどうなっても良いのですか」

「……へ? あの、え?」

「貴女が協力してくれるのならば、貴女のご家族への労働をすべて免除します。ただ、協力していただけない場合は、貴女のご家族の労働を今の二倍量に増やします」


 シュヴァルは脅すような口調でそんなことを言い、顔を近づけながら、ジリジリと圧をかけていく。

 こんな圧のかけられ方をすれば、誰だって折れざるを得ないだろう。


「そ、それは止めて下さいぃぃー! 今でも一日十時間以上なのに!」

「では、協力していただけますね」

「うぅ……」


 少女は元々小さい体をさらに縮めた。その琥珀のような瞳には、うっすらと、涙の粒が浮かんでいる。


「協力していただけますか」

「う……は、はいぃ……」


 シュヴァルの口角が持ち上がる。


「これで成立ですね」


 そう言った時、既に、シュヴァルは笑顔になっていた。冷ややかな目つきも、半ば脅しのような声色も、今はもうない。


「あの、でも、本当に……たいしたことはできません……」

「大丈夫ですよ。心配せずとも、このシュヴァルがサポートします」

「そ、それにぃ……王女様を仕留めるのは無理ですよ……」

「仕留めるのは他の者の役割です」


 静かな空間の中、シュヴァルと少女、二人だけの話し合いが進んでいく。


「まずは星都へ出てきて、一週間ほどで、その暮らしに慣れて下さい。その間に、侍女として何とか働けるようなところまで、教育させます」

「で、でも、あまり向いていないかもしれませんっ!」

「貴女は今も配膳係でしょう? その経験がきっと役に立つはずです」

「そうでしょうか……」


 彼女が配膳係であることは事実。


 もっとも、まともに配膳できない配膳係ではあるが。


「そうです。このシュヴァルの言葉に間違いなどありはしません」

「は、はいっ! では、よ、よろしくお願いします!」


 少女はペコペコとお辞儀を繰り返す。その度に赤みを帯びた髪がふぁさふぁさと揺れるのが、見る者に、彼女を幼く感じさせる。


「あ、それと一つ」

「はいっ。何ですか?」

「このシュヴァルと話したことについては、決して口外しないよう頼みます」

「わ……分かりましたっ!」


 こうして結ばれた、シュヴァルと少女の契約。

 それがイーダたちにどのような影響を与えるのかは、まだもう少し先の話であろう。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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