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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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76話 躊躇い

 ベルンハルトは一切躊躇わなかった。


 ——同じ血を持つ者を刺すことを。


「あら。まったく躊躇しないとは、やるじゃなーい」


 同じネージア人の血を持つ男の腹部を、ベルンハルトは、何の躊躇いもなく突き刺した。


 いや、本当は「躊躇いなく」ではなかったのかもしれないけれど。


 ただ、私の目には、ベルンハルトの心に躊躇いがあるようには見えなかった。男を刺した彼の瞳は、ほんの少しも揺れていなかったから。


「ベルンハルト!」


 大柄な男は地面に倒れ、もう動かない。それをある程度確認してから、私は、ベルンハルトの名を呼ぶ。

 すると彼は、男の腹に刺さったナイフを抜いて、振り返った。


「無事か」

「え、えぇ……」

「なら良かった」


 ベルンハルトは静かに言う。


 けれど——それは本心だろうか。


 たとえ仲間意識があるわけではないとしても、同じ血を持つ同胞をその手で傷つけるというのは、良い気がしないものであろう。


 もちろん、世には同じ血を持つ人間を殺す者だっている。それは事実だ。ただ、そういった場合の多くは、お金で揉めたとか恋人のことで揉めたとか、何かしら理由があるものであろう。何の理由もなく、なんてことは、どちらかというと少数なはずだ。


 しかし、今回のベルンハルトの件は、その少数の方なのである。


 やむを得なかったからだとしても、ベルンハルトの精神にダメージがないという保証はない。


 辺りをキョロキョロ見て、もう襲ってきそうな者がいないか確認した後、ベルンハルトのもとへと駆け寄る。


「ベルンハルト……その、平気?」

「何がだ」

「だってほら、同じネージア人なのに刺すなんて……酷じゃない」


 するとベルンハルトは、ほんの僅かに目を細めた。


「そうだろうか」


 その表情に、私は、「言わない方が良かったかもしれない」と思った。

 じっくり考えず物を言ってしまったことを、正直、とても後悔している。私の言葉がベルンハルトを傷つけたかもしれない、なんて、考えるだけで胸が痛む。


「……いや、それもそうだな。貴女の言う通りだ。酷な人間だな、僕は」

「あ、い、いいえ! そういう意味ではないの! 勘違いだわ!」

「なら、正しくはどういう意味なんだ?」


 ナイフを握るベルンハルトの手は、紅に染まっている。


「私の従者になったせいで、ベルンハルトは同胞に刃を向けなくてはならなくなってしまった……そう思ったら、悲しくて。私の存在が、貴方に酷なことを強いていると思うと……」


 私がそこまで言った時、それを遮るように、ベルンハルトは口を開いた。


「べつに、貴女のせいではない」


 静かながら力を感じる、しっかりとした声だ。


「イーダ王女、貴女はそうやって、すぐに自分を責めようとする。だが、それは何の意味もない行為だ。無意味としか言い様がない」

「……ベルンハルト」

「僕は、貴女が自分を責めることを望んではいない。だから、僕のことで自身を責めるのは、もう止めてくれ」


 辛い思いをした後だろうに、なぜこんなにも淡々と物を言えるのだろう。どうして、こうも冷静であれるのだろう。不思議で仕方がない。


「今の僕は、貴女の従者。貴女が無事でいてくれさえすれば、それ以上は望まない」

「……う」


 ベルンハルトの言葉に、涙が込み上げる。


「な、イーダ王女!? なぜ涙ぐむ!?」

「うぅ……」

「ど、どうして泣くんだ!」


 ぽろぽろと涙の粒が落ちる。

 泣きたいわけでも、悲しいわけでも、ないというのに。


「あーあ、泣かせちゃったわねー」


 リンディアが挑発的に発する。


「おい! 僕のせいみたいに言うなよ!」

「必要以上に優しくするからよー」

「……なに? 僕は優しくなんてしていない!」


 取り敢えず涙を止めなくては。そう思いはするのだけれど、一度溢れた涙というのは、そう簡単に止められるものではない。


「まさか、無自覚? それはさすがに、きっついわー」

「説明しろ!」

「だってほらー『無事でいてくれさえすれば、それ以上は望まない』なんて、ふつー言わないじゃなーい?」


 リンディアの言葉に、ベルンハルトは首を傾げる。


「そうなのか」


 ベルンハルトの表情から鋭さは消えていた。穏やかな時の彼の顔をしている。


「そーよ。女の子はね、優しくされたことで泣いてしまうことだってあーるのよー」

「……なるほど」

「もちろん、優しくしたから嫌われるーってことはないわ。ただ、反応には色々あるってことよ。それくらいは覚えときなさーい」

「そうか。そのつもりはなくとも優しくしたと思われることはある、ということだな」


 ベルンハルトにしては珍しく、リンディアの話を真面目に聞いている。


「ま、これはいーずれ恋愛する時にも役立つから。今のうちに覚えておきなさーい」


 リンディアは妙に上から目線。しかも、話が微妙にずれているような気さえする。


 襲われた後だというのに、こんなのんびり話していて大丈夫なのだろうか。

 ふと、そんなことを思ったりした。


「で、どうするかね? イーダくん」


 リンディアとベルンハルトの会話をぼんやり見ていた私に、アスターが話しかけてきた。


 彼はまだ、脇腹の戦闘時にダメージを受けた部分に、片手を当てている。恐らく、痛んでいるのだろう。体にダメージが残らなければいいのだが。


「向こうのグループと合流するかね?」

「父さんたちの方と?」

「そういうことだよ」

「そうね。また襲われても怖いし、早めに合流しましょう」


 ただ、父親と合流してしまえば絶対に安全、ということではない。

 父親の横には、必ずシュヴァルがいるだろうから。


 彼を悪と決めつけるのはまだ早いかもしれない。ただ、彼が何か罠を仕掛けている可能性とてゼロではないのである。


「……イーダくん?」

「あ」

「ぼんやりしているようだが、大丈夫かね」


 このままでは駄目だ。ぼんやりしている、と思われるような顔をしているなんて、一番駄目な状態。


 ……しっかりしなくては。


「え、えぇ。大丈夫よ」

「私もリンディアも、もちろんベルンハルトくんも、必ずイーダくんを護るよ。君が心配することは何もないからね」

「お気遣い、ありがとう」


 今は、傍にいて護ってくれる人たちがいる。それも、結構な実力を持った人たちが。


 だから大丈夫。


 きっと、あの春は繰り返されない——。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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