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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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75話 他人が勝手に敷いただけのレール

 リンディアが向かった時、ベルンハルトは、まだあの男と戦っていた。


 ちなみに、あの男というのは、最初に仕掛けてきた大柄な男のことである。


 それにしても、ベルンハルトが苦戦するなんて。意外としか言い様がない。

 彼がこんなにも互角の戦いに持ち込まれるというのは、凄く珍しい気がする。


「ベルンハルト! 援護しに来てやったわよー!」


 リンディアは銃を撃つ。


 それにより、組み合っていたベルンハルトと大柄な男——二人の体が離れた。リンディアが参戦したことで、膠着状態にあった戦況が大きく動きそうだ。


「……リンディア」


 大柄な男と距離をとることに成功したベルンハルトは、警戒心剥き出しの顔をしたまま、視線をリンディアへ向ける。


「なーに互角の戦いされてんのよー。情けなーい」


 赤い拳銃の銃口を大柄な男に向けながら、リンディアは挑発的に言い放つ。

 しかし、今の状況においては、彼女の言葉も挑発の意味を持たなかった。


「すぐに勝負を決められず、すまない」

「あら。今日は素直じゃなーい」

「今に限っては、お前の言葉が正しい」


 ベルンハルトの発言に、顔をしかめるリンディア。


「ちょ、何それ。素直すぎて気持ち悪ーい」

「特別なことは何もない。僕は、自身に非があるならば、それを認める」


 二人はしばらくそんな風に話していたが、少しして、大柄な男へと視線を戻す。


「アンタは怪我があるでしょ。下がってなさい」

「いや、このまま下がっているわけにはいかない」

「……アンタって、変なところだけ頑固よねー」


 リンディアはまたしても顔をしかめていた。


 ベルンハルトとリンディア。二人は一見仲が悪いようなのに、こういう時には意外と息が合っていたりするから、不思議だ。


 その時、大柄な男が唐突に口を開いた。


「おい」


 大柄な男の両目は、ベルンハルト一人だけを真っ直ぐに捉えている。


「お前、デューラーさんの息子だろ」


 ベルンハルトは目を見開く。

 その瞳には、動揺の色が浮かんでいる。


「ネージア人の誇りを体現したようなあの人の息子でありながら、どうしてオルマリンについたのか。ちゃんと説明しろよ」

「……説明する気はない」

「あの人の後を継いで、ネージア独立のための戦いを指揮するんじゃなかったのかよ!」


 彼もネージア人なのだろう。

 だから、オルマリン側についたベルンハルトに怒っている——それなら理解できないこともない。


 ただ、だからといって暴力に訴えるのは野蛮すぎると思うが。


「それは僕の意思ではない。他人が勝手に敷いただけのレールだ」


 ベルンハルトは静かに返す。

 すると、男はさらに激昂する。


「オルマリンにつくということは、ネージアを捨てるということだな!?」

「……そんなことは言っていないが」

「多くのネージア人の命を奪った忌まわしきオルマリンにつくとは! 見損なったぞ!!」


 リンディアは銃口を下ろさぬまま様子を見つめている。特に何も言わない。


「理不尽に拘束され! 理不尽に働かされ! 理不尽に殺められた! その憎しみを忘れるとは、それでもネージア人なのか!!」

「ネージア人であることに変わりはない」

「ならば、なぜオルマリンに、しかも王女なんかに従うんだ!」


 王女なんかに、なんて言われたら、胸がもやもやする。


 ネージア人たちからすれば、オルマリンの王女である私は憎むべき相手なのだろう。

 彼らからすれば、王女も収容所で働く者たちも、同じオルマリン人。そう考えれば、彼らが特に何の縁もない私を憎むのも、無理はない。


「イーダ王女は僕が仕えるに値する人だ、と判断した。だから、この道を選んだ。ただそれだけのことだ」


 大柄な男が荒々しく叫んでも、ベルンハルトは冷静だった。しっかりした言葉を発し続けているが、顔は眉ひとつ動かさない。


 冷淡。

 そういう言葉が相応しいだろうか。


「裏切り者め!」

「何とでも言えばいい」

「たとえデューラーさんの息子であっても、絶対に許さない!!」


 大柄な男は腹の底からの叫び声をあげる。


 そして、ベルンハルトに向かって駆け出す。

 地鳴りのような足音だ。


「おおおぉぉぉぉ!」


 鼓膜を突き破るような叫び。凄まじい迫力だ。


 しかし、ベルンハルトもリンディアも怯んでいない。ベルンハルトは素早くナイフを抜いて構え、リンディアは銃口を男へと向ける。


「これだからネージア人は!」


 リンディアは拳銃の引き金を引いた。

 光の弾が男に向かって飛んでいく。走ってくる大柄な男に、嵐のように降り注ぐ。


「やられるかぁぁぁ!」


 大柄な男は、光の弾が体に刺さるのも気にせず、突っ込んでくる。彼はベルンハルトしか見ていない。


 ベルンハルトは強い。

 ナイフがあれば、少なくとも負けることはないだろう。


 だが、今回だけは話が別だ。


 今回の相手は、同じ血を持つネージア人。いくら勇敢なベルンハルトであっても、同胞を躊躇いなく倒せるかどうかとなると分からない。どこかで躊躇いが生まれるという可能性は、十分にある。


 もしその隙をつかれたら——。


 今、私の胸の内には、そんな暗雲が立ち込めている。


「来るわよ、ベルンハルト! ほんとーに戦えるんでしょーね!?」

「もちろんだ」


 ベルンハルトの瞳が、大柄な男に焦点を合わせる。


「へまやらかすんじゃないわよ!」

「……あぁ」


 男が襲いかかってくるのを待つベルンハルトの目つきは、よく研がれた刃のよう。この世に存在するありとあらゆるものを切り裂きそうな、そんな目つきだ。


「裏切りは許さああぁぁぁーん!!」


 大柄な男は、獰猛な肉食獣のように歯茎を剥き出しながら、ベルンハルトに襲いかかる。


 しかしベルンハルトは、落ち着きを保っている。

 静かに、その時を待つ。


「おおおおぉぉぉ!」


 男が至近距離に迫る。


「……すまない」


 ベルンハルトは小さく息を吐き出す。

 その時には、既に、彼から躊躇いなんてものは消え去っていた。



「——がっ!」



 直後、男の詰まるような声。


 彼はそのまま、何も言うことなく、どさりと地面に倒れ込んだ。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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