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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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74話 アスターとリンディアと、複雑な痛み

 緊迫した空気がぴりぴりと肌を刺す。

 そんな中に、私たちはいた。


「いくどー!」


 迫ってくる男のうちの一人が、両手で担いでいる太いホースのようなものの口を私たちの方へ向け、威勢よく叫んだ


 すると、ホースのようなものの口から白い煙が放たれた。

 一気に視界が悪くなる。


「アスター! しっかりしてちょーだいよ!」

「あぁ、もちろんだとも!」


 放たれた煙のせいで、視界がかなり狭くなってしまった。おかげで、近くしか見えない。これでは、敵がどこから仕掛けてくるかも、直前まで分からないではないか。


 そんな状況に、私は個人的に「どうしよう」と焦っていたのだが、リンディアとアスターは冷静だった。


「今のうちに仕留めるどすー!」

「来たね」


 煙の中から一番最初に現れたのは、木製の太い棍棒を二本持った男。どうやら筋肉がかなり発達しているようで、太い棍棒に負け劣らないくらいたくましい腕をしている。


「いくどすー!」


 男は棍棒を握った二本の腕を同時に振り下ろす。


 しかし、棍棒が完全に振り下ろされるより早く、アスターは男の懐へ潜り込んでいた。


 アスターが敵の懐へ潜り込むスピードといったら、獲物に飛びつく蜘蛛といい勝負になるくらいの、凄まじい速さである。


「遅すぎやしないかね?」


 低い姿勢を保ちつつ、アスターはそんなことを言った。

 そして、男の鳩尾付近を、拳で突き上げる。


「ゲホォッ!!」


 男は派手にむせた。


 しかも、衝撃がかなり大きかったのか、両手に持っていた棍棒を落としている。


 アスターは、まともに呼吸することさえままならない男の腹部を両手で掴んで抱え上げると、大きく振り被ってから地面へ叩きつけた。ずぅん、と重苦しい音が響く。


「やれやれ、関節が痛む」


 男を地面へ叩きつけたアスターは、ふぅ、と溜め息をつく。いつの間にか、表情に穏やかさが戻ってきていた。


 ——しかし、その背後から、もう一人迫ってきている。


「アスターさん!」

「何かね、イーダく——ん!?」


 言いかけた瞬間、アスターはようやくもう一人の敵に気がついたようだった。


「まったく! まだいたのかね!」

「……多様性を認めないオルマリン人は死ね」


 アスターは一瞬にして振り返る——が、今度は敵の男の方が速い。


「ぐうっ!」


 男の回し蹴りが、アスターの脇腹にもろに突き刺さる。これには、さすがのアスターも顔をしかめていた。


 横側からの蹴りを決められたアスターは、よろりと数歩後退する。


「他人をいきなり蹴るとは! 君たちには礼儀というものがないのかね!?」


 蹴られた部分を手で押さえながら、アスターは抗議する。


 しかし、敵の男がそんな言葉を聞くわけもなく。


 男はアスターに更なる攻撃を加えるべく、地を蹴る。その勢いに乗り、アスターがいる方へと一気に近づいていく。


「……多様性を認めないオルマリン人には、存在価値がない」

「存在価値がない、なんて言わないでいただきたいものだがね」


 この時になって、初めて、アスターの顔に焦りの色が滲む。

 一撃叩き込まれたことで、かなり呑気なアスターにも、ようやく危機感というものが生まれたようだ。


 もっとも、それが良いことなのか悪いことなのかは、よく分からないけれど。


「……ここで消えろ」

「多様性を認めない、というのは、君も当てはまると思うのだがね——ぐっ!」


 男が宙から放った蹴りを、アスターは片腕で防ぐ。

 疾風のごとく放った蹴りを防がれたからか、男は眉を寄せ、一旦距離をとる。アスターを少し警戒している様子だ。


「こんな乱暴なこと、もう止めたらどうかね? 無意味な戦いを続けたところで、何も変わりやしないのだから」

「……黙れ、オルマリンの手下め」


 なぜだろう——よく分からないけれど、敵の男から、ベルンハルトと同じようなものを感じた。


 オルマリン人を憎む心。

 オルマリン人を悪と信じ疑おうとしない心。


 今アスターと交戦中の彼は、出会った頃のベルンハルトに、どことなく似ている。


「……消えろ、オルマリン人」

「退いてはくれないようだね。実に、残念だ」


 男は再びアスターへと迫る。


 どことなくかつてのベルンハルトに似た雰囲気のある男が傷つくところは、個人的にはあまり見たくない。ベルンハルトが傷つくところを見てしまったような感覚に陥る気がするから。


 けれど、男を応援するわけにもいかない。

 そんなことをしたら、アスターを見捨てるも同然だからである。


 私はどうすれば……。


 そんな風に揺れていた時、一筋の閃光が男の背中を貫いた。


 男は前向けに、ドサリ、と音をたてながら倒れ込む。


「ぼさーっとしてんじゃないわよ! アスター!」

「すまなかった。助かったよ、リンディア」


 どうやら、男を撃ったのはリンディアだったようだ。


 胸の奥がじわりと痛む。

 けれども、これはやむを得ない痛みだ。


 アスターの無事と引き換えなのだから。


「助かったよ、なんて言ってる場合じゃないでしょーよ! アンタ、一人二人にてこずるって、どーいうこと!?」


 アスターの情けなさに、リンディアは憤慨していた。


 彼女は荒々しい足取りでこちらへ歩いてくると、水色の瞳でアスターを鋭く睨み、はっきりと言い放つ。


「こんな素人相手に苦戦してるよーじゃ、アスター・ヴァレンタインの名が泣くわよー」

「相変わらず厳しいね、リンディア」

「アンタが役立たずなおかげで、あたしが何人も片付けることになっちゃったじゃなーい」


 リンディアはそう言ってから、かっこつけるように、片手で赤い髪を背中側へと流す。

 その動作は、そこらの男性に負けず劣らないくらいかっこよく、同時に色っぽくもある。


 かっこいい、と、色っぽい、が同時に存在することがあるなんて、私は知らなかった。だから、正直かなり驚いている。


「ま、でもいーわよ。あたしがみーんな片付けたからー」

「さすがはリンディア。素晴らしい強さだね」

「ふん。褒めてもいーわよ。ま、ジジイに褒められても、さほど嬉しくないけどねー」


 それから、リンディアは私に顔を向けてくる。


「王女様、怪我はない?」

「えぇ。無事よ」

「それは何よりー」


 アスターもリンディアも、大きな怪我をせずに済んで良かった。


「じゃ、あとは——」

「リンディア?」

「ベルンハルトの方を手伝うとしよーかしらー」


 そうだった。色々あったせいで忘れてしまっていたが、ベルンハルトも敵と対峙していたのだった。


「よし。では私も……」

「アスター、アンタは王女様についててちょーだい」

「な!?」

「ベルンハルトのサポートは、あたし一人でじゅーぶんよ」


 リンディアはきっぱり言い、ベルンハルトの方へと歩み出す。


 よほど自分一人で片付ける自信があるのだろう——彼女の背中からは、余裕の色さえ感じ取ることができた。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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