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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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73話 まずは身を護る

 それまでほとんど口を開かなかった案内役の男性が、唐突に私の名を確認した。


 極めて不思議な現象だ。

 何のために? という疑問が、今、私の胸を満たしている。


「あ、あの、ここは?」

「…………」


 勇気を出して男性に尋ねてみる。

 しかし、彼は何も答えてくれなかった。彼はただ、黙ったまま、その場に立っているだけ。


 実に謎だ。

 これはもう、不気味と言っても過言ではない。


「ねぇ、ベルンハルト。ここは何なの」


 男性から聞くことは諦め、私はベルンハルトに問う。ここで生まれ育った彼なら少しは知っているだろう、と思ったから。


「ここは人を収容しておく施設だ。入っているのは、主にネージア人だな。ただし、昼間はあまりいない」

「そうなの?」

「昼間は工場なんかで働かされている人が多いからな」

「そう……」


 ベルンハルトの話が真実ならば、今はまだ人の少ない時間であるはずだ。だとしたら、なぜその時間に見学させるのか、不思議で仕方がない。


「あの、少し構わないかしら」

「……何でしょうか」


 案内役の男性は、今度は言葉を返してくれた。


「ここで一体、何を見せてくれるの?」


 こんなことを言うのは、正直気が引ける。嫌な感じで伝わらないかどうか、不安だからだ。

 だが、聞かなければ気になって仕方がない。だから尋ねてみた。


「何を見せてくれるのか、ですか」


 案内役の無口な男性は、私の問いに対し、そんなことを返してきた。


 そして、暫し沈黙。


 それから十秒ほど経過して。

 彼はそっと口を開く。


「終わりの幕開け……なんていうのはどうですか」


 男性の口から零れたのは、意味深な言葉。私には、その言葉の意味が、よく分からなかった。



 ——が、その直後、ただならぬ殺気を感じる。



「イーダ王女!」


 耳に飛び込んできたのは、ベルンハルトの鋭い叫び声。

 そして、突き飛ばされる。


「きゃっ!」


 ベルンハルトに突き飛ばされた私は、一メートルほど離れたところへ倒れ込む。身構えていない時に押されたため、転倒してしまったのだ。


 彼が私を突き飛ばしたのには、何か理由があるのだろう——そう思い、私は顔を上げる。

 すると、大柄な男に襲いかかられているベルンハルトが見えた。


「ベルンハルトッ!?」


 突如現れた大柄な男は、ベルンハルトの両手首をがっちりと掴んでいる。

 両手首を掴まれてしまっているベルンハルトは、ナイフを抜けないため、反撃することができないようだ。


「大丈夫? 王女様」

「リンディア。私は平気。それよりベルンハルトを……」

「なーに言ってんのよ! 王女様ゆーせんに決まってるじゃない!」


 何よりも私を優先してくれる従者というのは、非常にありがたいものだ。


 ただ、ベルンハルトのことが心配でならない。そもそも負傷しているうえ、ナイフを取り出せない状況なのだ、放っておくなんてできるわけがないではないか。


 私としては、今は私よりベルンハルトを優先してほしい、という気分だ。


「で、でもっ……」

「あいつは従者よ!」


 リンディアの声は鋭かった。

 こんな鋭く言われてしまっては、これ以上言い返すことはできない。


 私が言い返すのを諦めた、刹那。


「また来たよ!」


 今度はアスターの声が聞こえてきた。いつものんびりマイペースな彼にしては緊迫感のある声だ。


「また来た、ですって!? 何がよー!?」

「敵と思われる人間が、だよ」


 アスターは指差しながら答えた。


「ちょっ、ホントにー!?」


 リンディアは素早く、アスターが指差している方へ目をやる。そして、その整った顔面に焦りの色を滲ませた。


 私も彼女と同じように視線を動かす。すると、通路の向こうから、何人かの男が駆けてくる様子を捉えることができた。


 駆けてきている者たちは、皆、黒に近い髪色をしている。

 また、シャツと半ズボンだけという、みすぼらしい格好だ。


「作戦通りいくぞー!」

「ゲッ! 護衛がいるじゃないか」

「護衛なんか気にするなー!」

「数で押せば余裕どす!」

「作戦通りいくぞー!」

「おい、お前それしか言えないのかよ……」


 男たちは、威勢よくそんな言葉を発しながら、私たちを目がけて走ってきている。結構な速度だ。このままだと、一分もしないうちに、私たちがいるところまでたどり着いてきそうである。


「……男とは厄介ね。それに、けっこーな数じゃなーい」

「どうする? リンディア」

「ちょ、どうするも何も、今からじゃ逃げようがないでしょー?」


 言いながら、リンディアは拳銃を抜く。


「迎え撃つしかないわねー」


 水晶のように透き通った水色の瞳に、凛々しい輝きが宿る。


「アスター。アンタも働きなさいよ」

「いや、何を言っているのかね? 私はあくまで狙撃手。あんな屈強な男どもを倒すような技術は持っていないのだが」

「はい嘘ー」

「なっ。なぜバレたのかね!?」


 敵意を抱いている男たちが迫ってきている、という危機的な状況下にあっても、リンディアとアスターの会話はいつも通りだった。


「昔、敵を叩きのめすところを見た記憶があるわよー」

「そんなことを覚えていたのかね!? 記憶力が良すぎると思うが!?」

「ま。とにかく、ちゃーんと働いてちょーだいね」

「……仕方あるまい」


 ベルンハルトのことが心配で仕方ない。


 辛いことをされていたら、痛い目に遭わされていたら。そんな風に考えるたび、胸が苦しくなる。私のせいでベルンハルトが……なんて、考えたくない。


 けれど、危機的な状況にあるのは、彼だけではなくて。私も、リンディアも、アスターも、何か危害を加えられる可能性がある状況にあるということを、失念してはならない。


 ベルンハルトは気になるが、今は自分の身を護ることが最優先事項。


 私は、改めて、自分にそう言い聞かせた。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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