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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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72話 間違いありませんね

「ミグルシイムォノヲオミセシテシマイ、シツレイシマシタ。デハ、ロウドウスルヒトヴィトヲゴルァンクダツァイ」


 ルンルンがそう言いながら見せてくれたのは、工場だった。

 椅子に座った人たちが、何やらせっせと働いている。男性も女性もいるが、皆真面目に働いているのだから不思議だ。十人以上集まれば、普通は、誰か一人くらいさぼりそうなものなのだが。


「へぇ……意外とみんな真面目なのね」

「真面目に働かないと痛い目に遭うからな」

「あ、そうなの?」


 独り言のような呟きにベルンハルトが言葉を返してきたことは、少々意外だった。このタイミングで彼が自ら言葉を返してくるとは、予想していなかった。


「逆らえば厳しい罰が与えられる。それは、ここでは当然のことだ」


 そう話すベルンハルトの表情は、哀愁を帯びている。


 彼の瞳を何かに例えるとしたら、木枯らしが肌を撫でる秋の終わりの夕暮れのよう、という表現が相応しいだろうか。ベルンハルトは、何もなくてもほんのり寂しくなる季節のような、静かで切なげな顔をしていた。


「……ベルンハルトは、そんなところで生まれ育ったのね」

「そうだ」

「そんな厳しい環境で生まれ育ったなら、貴方の心が冷えきっていたのも分かる気がするわ」


 濃い色をしたベルンハルトの瞳を、私はそっと見つめる。


「……僕はいまだによく分からない」

「何が?」

「自由を許さぬ環境でありながら、なぜ子を生むことが許されたのか」


 ベルンハルトは静かに唇を動かす。


「僕には理解不能だ」

「まぁ確かに……それはそうね」

「それに、子を生んだところで、どのみちその子がまともな人生をゆけぬことは、分かっていたはずだ」


 確かに、と、私は内心頷く。


 けれども、「そうね」とは言えなかった——いや、言いたくなかった。


 厳しい環境で生まれ育った人間がまともに生きていくのは、難しいのかもしれない。ただ、だからといって諦めてほしくはないし、「そんなものだ」と思いたくもない。


 少しでも良い道を。

 ほんの少しでも、幸福な人生を。


 彼には求めていってほしい。


 たとえ、それがとても難しいことなのだとしても。


「でも、ベルンハルトが生まれてきてくれて良かった」

「……イーダ王女?」

「もし貴方が生まれてこなかったら、私と貴方が出会うこともなかったはずだもの」


 ベルンハルトは、理解しきれない、というような顔をしている。


「出会わなかった今より、出会うことのできた今の方が、ずっと素敵だと思うわ」



 Cエリアにある工場をひと通り見学した後、父親らと私たちは、別ルートを辿ることとなった。


 無論、帰りには合流するわけだが。


 父親らがどのような見学ルートを行ったのかはしらない。が、私たち四人——私とベルンハルト、リンディア、アスターは、ネージア人を収容しているエリアへと向かうことになった。


 王女が気軽に見に行っていいところなのか甚だ疑問ではある。しかし、勝手にこのルートに決まってしまった。私たちがこのルートを選び決めたわけではないのだ。


「あー退屈だわー。早く帰りたーい」


 歩いている途中、リンディアが唐突にそんなことを言った。


 正直、同感だ。

 本当のところを言うなら、私も少し飽きてきている。


 歩きながら、代わり映えしない光景を眺め続けるというのは、結構退屈なこと。今、それを改めて感じている。


「そういうことを言うものではないよ、リンディア」

「アンタは黙っててちょーだい。ジジイ」

「この私をジジイ呼ばわりとは、なかなか酷いね」

「間違いじゃないでしょー」


 リンディアとアスターは相変わらず。

 二人のぶれなさは、もはや、尊敬に値するくらいのものだと思う。


 前を行く案内役の男性は、とても無口だ。ほとんど何も言わない。ダンダともルンルンとも違ったタイプの振る舞いが、妙に印象的である。


「それはまぁ、確かに、間違いではないがね……」

「でしょー? 分かったら、大人しくしてなさーい」


 案内役の男性は黙々と歩いていく。私とベルンハルトは、その背中を追って歩む。そして、リンディアとアスターは仲良く喋る。


 ……何やらおかしな気もするが、まぁいいだろう。



 それからも、私たちは歩き続けた。

 建物は古く、屋内にもかかわらず、外からの風が入ってきていた。ひんやりとした冷気が、足下を這う。


「ねー、ちょっとー。まだ着かないのー?」


 退屈さに耐えきれなくなったらしく、リンディアがそう発した。

 しかし、案内役の無口な男性は、「もう少しです」と返すだけ。それ以上のことは何も言わなかった。


「なーんか愛想悪いやつねー」

「リンディア、そういうことは言わない方がいいよ」

「は? 本当のことなんだから、べつにいーじゃなーい」


 個人的には、リンディアの意見もアスターの意見も理解できる。間違ってはいないと思う。ただ、社会でスムーズに生きていくには、という方向で考えた場合には、アスターの方が正しいのかもしれない。


「嫌われてしまうかもしれないよ?」

「嫌われるくらい、いーわよ。言ーたいこと言えないよりましだわ」

「リンディア自身はそれでいいかもしれない。だが、イーダくんにも迷惑がかかるのだよ?」

「そんなことがあるかしらー」

「従者の評価は、主の評価に繋がるからね」


 アスターの言葉を聞き、リンディアは大人しい表情になる。


「それは厄介ねー」


 以降、リンディアは愚痴を言わなくなった。

 もっとも、表情は数分のうちに不満げなものに戻っていたのだが。



 静寂の中を歩き続けて、数分。


 案内役の男性は不意に足を止めた。


 着いたのかな? と思いながら、私は立ち止まる。隣のベルンハルトも、不思議なものを見たような顔つきをしながら足を止めている。


「……失礼ですが」


 案内役の男性がそっと口を開く。


「イーダ・オルマリン王女、で、間違いありませんね?」

「えぇ」


 唐突に名を確認するなんて、一体どうしたのだろう。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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