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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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71話 いや、おかしい

 整備されていない、砂利だらけの地面。

 灰色のかなり古そうな建物。


 今私たちがいるCエリアは、第一収容所の中でも、特に薄汚い場所だった。


 隣にいるベルンハルトは、かつてここで暮らしていたからか、さほど何も感じていないような顔をしている。


 それとは対照的に、リンディアとアスターは、渋柿をかじってしまったかのような顔つきをしていた。この場所に馴染みがないため、複雑な心境になっているものと思われる。


「怪しーところねー」

「まぁ、収容所だからね。怪しいのも無理はない」

「……それもそーね」


 リンディアとアスターがそんな風に話していても、ベルンハルトは話に加わろうとはしなかった。ただ、じっと前を見据えているだけである。



 そんなベルンハルトの様子を観察していた時だ。

 道の向こうから、何やら、ぱたぱたじゃりじゃりという足音が聞こえてきた。


「お前、また失敗しただろう!」

「うわぁーん! ごめんなさーい!」


 足音に続いて耳に飛び込んできたのは、二種類の声。

 威圧的な雰囲気のある男性の声と、おっとりした感じの少女の声である。


「何事ですか? クリタヴェール」

「アァ、アレハイトゥモノクォトナノデ……ホウッテオイテェクダサイ」

「そうですか」

「ムガイナクォムスメデス」


 唐突なことに警戒するシュヴァルと、いつものことと適当に流すルンルン。二人の様子は対照的だった。


「お願いしますぅー! 許して下さいー!」

「待てェッ! 取り敢えず止まれェ!」


 ——と、その時。


 視界に、全力疾走する二人の姿が入った。


 追われているのは、少女。


 やや赤みを帯びた濃い茶色をした髪は、肩辺りまで伸びている。軽くウエーブがかかっていて、暗い色にもかかわらず柔らかな毛質に見える。


 愛らしい雰囲気を持つ少女だ。


 そんな彼女を追いかけているのは、男性。


 角刈り以外にこれといった特徴のない、極めて普通な男性である。説明できる点を敢えて探すとしたら、昆布色の服を着ている、くらいのものだろうか。


「逃げるなァ!」

「怖いですよぉーっ! ……って、あっ!」


 昆布色の服の男性から走って逃げていた少女は、私まで数メートルという辺りまで来た時、なぜ急につまずいた。


 こちらへ倒れ込んでくる。

 このままではぶつかってしまう——そう焦った、が。


「イーダ王女!」


 ベルンハルトが咄嗟に動き、倒れ込んできた少女から私を庇ってくれた。


「はわっ」


 少女は可愛らしい声を出しながら、ベルンハルトの胸元へ額から突っ込む。それによって、結果的に、ベルンハルトが少女を抱き留めるような形となった。


 それから数秒経って、少女は顔をゆっくりと持ち上げる。


「あ、あの……すみませんっ!」


 大慌てで謝罪する彼女の瞳は、琥珀のような色をしていた。あまり見かけない色みではあるが、こうして見ると、結構綺麗だ。


「走るな。危険だ」

「は、はいっ! 申し訳ありません!」

「気をつけろ」


 ベルンハルトは淡々と警告する。

 すると、少女の瞳の奥に潜む瞳孔が、明らかに大きくなった。


「は、はいぃ……失礼しました……」


 なぜだろう。少女は歪だ。


 彼女は一見、ベルンハルトに警告されたことで落ち込んでいる風だ。声も小さくなっているし、身を縮めているから、そう感じるのだろう。


 しかし、その一方で、表情は直前までより輝いているように感じられる。

 広がった瞳孔、恥じらいが表出した顔面、そしてほんのり赤らんだ頬。そのすべてが、ベルンハルトにぶつかった後に生まれたものだ。


 見ている側からすると、何とも言えない複雑な心境である。


 ……いや、おかしい。


 少女はベルンハルトに謝罪していただけ。ただそれだけで、それ以上のことなんて何もない。にもかかわらず、その光景を見て私は複雑な心境になった。


 ……なぜ?


「コラァ! やっと止まったな、この小娘がァッ!」


 少女が穏やかな表情になっていたのも束の間。彼女を追いかけていた男性が、追いついてきた。


「ひえぇぇぇーっ」


 昆布色の服をまとった男性は、少女に追いつくや否や、彼女の片手首を掴んで、ぐいと引っ張る。


「またしても配り間違えるとは、どういうことだァ!」

「ふわぁー! ごめんなさいぃぃぃー!」


 手首をがっしり掴まれた少女は、半泣きになりながらジタバタしている。しかし、少女が少し体を動かした程度では、男性の手から逃れることはできない。


「118から121にはロールケーキパンじゃないって、何度言ったら分かるんだァ!」

「ふぇぇぇー! そ、そうなんですかー!?」

「もう三週間近く言い続けてるだろォが!」

「すみませんー!」


 目の前で騒ぐ、少女と男性。

 しかし、こちらからしてみれば、何を騒いでいるのやらまったく分からない。


「クリタヴェール、止めなさい。星王様の目前で騒ぐ愚か者を制止せぬなど、無礼にもほどがありますよ」

「ハ、ハイ! モウスィワケアリマセン!」


 シュヴァルに冷ややかな声をかけられたルンルンは、慌てたように言葉を返しながら、ペコペコと何度も頭を下げる。


 そして、それから数十秒ほど経過した後、騒いでいる男性と少女に向けて言い放つ。


「サワグノハヤメナタイ!」


 非常にユニークな容姿に似合わない、真面目な声だった。

 いきなり強く注意され、男性と少女は黙る。


「オウタマノムァエデソンナコトヲスルナンテ!」


 厳しく述べるルンルンに、少女は頭を下げた。

 頭部が動くたび、赤みを帯びた髪がふわりと揺れる。触りたくなるような柔らかな揺れが印象的だ。


「す、すみませんー」

「所長! 配膳ミスをしたこいつが悪いのです!」

「ふぇ……」

「お叱りになるなら、この娘をお叱り下さい!」


 何やら騒々しい。


 それに、こんな愛らしい少女に責任を押し付けようとするなんて、何て嫌な男性だろう。

 昆布色の服を着た男性の行動は、私には理解できなかった。


「トニカク、ココカラスァリナサイ!」

「は、はいー」

「承知しました」


 ルンルンの命に従い去っていく——のかと思いきや、少女はくるりと身を返して、私の方へと駆け寄ってきた。


「ごっ、ご迷惑おかけしてすみませんでしたっ」

「え。私?」

「先ほど、ぶつかりそうになってしまいましたよね!?」


 少女の琥珀のような瞳が、私をじっと捉えている。


「お怪我はありませんでしたか?」

「え、えぇ……大丈夫よ」

「そうですかっ。それなら良かったです!」


 なんて純粋な目をした少女なのだろう。


「おい、もたもたするな!」

「はいーっ」


 その後、男性と少女は走り去っていた。


「凄く元気な二人だったな!」

「……まったくです」

「シュヴァルは不機嫌なのか?」

「まさか。ただ、騒がしい輩に少し疲れただけのことです」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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