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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
7.視察 (後編)

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65話 何事もなかったかのような

 翌朝、私は荷物をまとめ、ベルンハルトやリンディアとともにホテルのラウンジへと向かった。そこで、父親やシュヴァルと合流する。


「おはよぅ! イーダぁ!」


 父親は私の顔を見るなりそんな風に声をかけてきた。いつもと何一つ変わらない、明るい調子だ。彼はどうやら、アスターの件のことなどすっかり忘れてしまっているらしい。


 私は内心、「少し顔を合わせづらいな」なんて思っていた。

 それだけに、父親のこの態度はかなり衝撃的だった。


 まさか何事もなかったかのように接してくるとは。


「おはよう、父さん」

「昨夜はよく眠れたかぁー!?」

「え、えぇ」


 私は取り敢えず普通に対応した。


 だが、内心かなり動揺している。


 相手が何事もなかったかのように接してきたからといって、私も何事もなかったかのように接し返すということは、そんなに容易なことではない。


 しかし、そこへ追い討ちをかけるように、シュヴァルまで挨拶してくる。


「おはようございます、王女様。良い朝ですね」


 シュヴァルも、何事もなかったかのような顔をしていた。その口元には、微笑みさえ浮かんでいるように見える。


 不思議な感覚だ。


 昨日のアスターに関するいざこざなんて、本当は起こっていなかったのだろうか——そんな風に思ってしまうくらいの状況である。


「どうなさったのです? 王女様」

「……え」


 おっと、まずい。


 不思議な感覚について考えすぎているあまり、返答を忘れてしまっていた。


「王女様がそんなにもぼんやりなさっているなんて、珍しいですね」

「そ、そう? ごめんなさい」

「いえ。少しばかり心配に思っただけですよ、お気になさらず」


 妙に丁寧な接し方が逆に不気味だ。だが、話がそこで終わっただけ、まだましだったのかもしれない。


 そんな妙な挨拶を終えると、父親とシュヴァルは、先に歩いていってしまった。場には、私とベルンハルト、そしてリンディアの三人だけが残される。


「何もなかったかのような態度だったわねー」


 色々と考え込んでしまっていた私に、リンディアがそんな声をかけてきた。


「えぇ……アスターのことなんてなかったかのようね……」

「何なのかしらねー。よーく分かんないわー」


 何事もなかったかのような接し方に違和感を抱いていたのは、どうやら私だけではなかったようだ。リンディアも同じような違和感を覚えていた様子である。


「それに、あの襲撃者の女もどうなったのかーしらねー」


 リンディアが独り言のようにぽそりと呟く。


 それによって私は思い出した。アスターが父親に引き渡した、襲撃者の女性の存在を。

 色々あったせいでその存在をすっかり忘れてしまっていたが、そういえばあの女性がどうなったかは聞いていない。


「確認してみた方がいいか」


 唐突に会話に入ってきたのはベルンハルト。

 彼はこれまで特に何も言うことはしなかった。が、私とリンディアの会話を聞いていないわけではなかったようだ。


「そんなのいいわよ。ベルンハルトにばかり頼れないわ」

「僕は貴女の従者だ。気を遣う必要などない」

「そういう問題じゃないわ。ベルンハルトは怪我しているでしょう、今は適度に休まなくちゃ駄目よ」

「いや、このくらいどうということはない」


 ベルンハルトは鋭い目つきでこちらを凝視している。彼の瞳の奥には、私の姿が映り込んでいた。


「従者として働くに支障はない程度の怪我だ」

「重傷でなくて良かったわ」


 ベルンハルトは首を傾げる。


「日常生活に支障があるような怪我は……嫌だものね」

「そういうものか」

「当然じゃない。まともな生活すらできなくなってしまうような怪我、誰だってしたくないでしょう?」


 するとベルンハルトは、数秒空けて、「そうか」と小さく発した。

 顔つきから察するに、納得してくれたようだ。



 その後、私たちは、再び浮遊自動車に乗って移動することとなった。


 昨日一台減ってしまったのが気になっていたが、今朝には既に代わりの浮遊自動車が配備されていたため、特に困ることはなかった。


 浮遊自動車は、本日の目的地である第一収容所を目指して、走り続ける。


 ただひたすらに、大地を駆け続けた。



 数回の休憩を挟みながら移動を続け、第一収容所へ到着した時には、出発から既に数時間が経過していた。朝のうちにホテルを出たというのに、もうお昼前だ。


「ダイイティシュウヨウドヘヨーコソ!」


 第一収容所へ到着した一行を迎えてくれたのは、一人の男性。

 非常に個性的な容姿をした人だった。


 根元から数センチほどだけは茶色の長い金髪を右側頭部で束ね、三つ編みにしている。また、それとは別に、頭頂部にはとんがりがある。


 そんな珍しい髪型に加え、緑色の眉毛は男性の親指ほどの幅で、かなり目立つ。


「ワタクティハ、ルンルン・クリタヴェール! ダイイティシュウヨウドノゲンショチョウデス!」

「久しぶりですね、クリタヴェール」


 個性的な髪型の男性——ルンルンに対し親しみを持って話しかけるのは、シュヴァル。


「オオ、シュヴァル! オヒタチブリデス!」

「相変わらず妙な話し方をしますね、クリタヴェール」

「クリタヴェールモワルクハナイデスガ、デクィレバ、ルンルントヨンデホティデス!」

「無理です」

「ウフゥ……」


 シュヴァルとルンルンの会話は実に興味深い。

 二人の会話をじっくり聞いたところで、賢くなれるわけではない。だが、それでも、耳を澄まして聞いてしまった。


「何だか変わった方ね」


 私は隣にいたベルンハルトにそんなことを言ってみた。もちろん、小さな声で。


 それに対して、彼は、一度こくりと頷く。それから、さりげなく「前からあんな感じだった」と教えてくれた。さらに、ルンルンはダンダの部下だった、ということも小声で教えてもらえた。


 元々この第一収容所で暮らしていたベルンハルトは、ルンルンのことを知っていたようだ。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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