63話 無力
その後、シュヴァルの命によって、アスターは拘束されてしまった。
こんな時に限って、リンディアが近くにいなかったのだ。
彼女が近くにいたなら、少しは何か言ってくれただろうに。これはアンラッキーとしか言い様がない。
「この星の未来を担う王女様に嘘を吹き込むなど、極めて悪質です」
「嘘、だって? まさか! 私は嘘を吹き込んでなどいないよ。ただ真実を述べただけだとも」
シュヴァルの命により身柄を拘束されてしまったアスター。
しかし、こんな状況下でも、彼は比較的冷静だった。
「私は真実しか述べていない。それはシュヴァル、君が一番知っているだろう」
「は? 何を言っているのやら、という感じですが」
アスターはシュヴァルの部下の男に両腕をしっかり拘束されている。痛そうだな、なんて思ってしまうほどにがっちりと拘束されている様を目にすると、何だか申し訳なくなってきた。
私がもっと考えて行動していれば、慎重になっていれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。
「シュヴァル! アスターさんをどうするつもり!?」
勇気を出し、思いきって口を挟む。
しかしシュヴァルは、ほんの一瞬こちらを見ただけで、言葉を返してはくれなかった。
「ちょっと、シュヴァル……!」
さすがに無視はないだろう。
こちらが声をかけているのに、ほんの一瞬ちらりと見るだけとは、失礼極まりない。
王女である私を崇めろなんて言う気はないが、せめて返事くらいはしていただきたいものだ。
「返事くらいしてちょうだい……!」
「はい」
「え?」
「返事させていただきましたが」
おっと、これは感じ悪い。
さすがシュヴァル、という感じの、嫌み満点な対応だ。
もっとも、それが意図的なのか否かは分からないが。
「アスターさんをどうするつもりなの? シュヴァル」
「身柄を拘束させていただきます」
「今の彼は私の従者なのよ。そんな勝手なことが許されると思っているの」
「それが、許されるのですよ。星王様より一任されていますから」
シュヴァルが言うことも、確かに、間違いではない。星王である父親が「一任する」と言ったのだから。私が口出しするなど、もはや許されたことではないのかもしれない。
けれど、アスターは私の従者だ。
まだその関係が切れたわけではない。
だから、シュヴァルに好き勝手されるというのは、どうも納得できない。
「アスターさんは私の従者になったのよ! いくら父さんでも、私に断りなく彼のことを他人に一任するなんて、できっこないわ!」
このまま黙って引くというのもなんなので、一応言ってやった。
しかしシュヴァルは、「可能です。星王様こそが最高権力者ですから」などと返してくるだけ。私の意見には、微塵も耳を傾けてくれなかった。
シュヴァルは去っていってしまった。拘束されたアスターとは、結局何も話せずじまいだ。
私は場に一人取り残される。
王女でありながら、何もできなかった。アスターを擁護してあげることさえできなかった。
なんて無力なのだろう——そんな思いが、胸を締めつけてくる。
「王女様!」
そんな風に、一人で辛くなっていると、背後からリンディアの声が聞こえてきた。
振り返ると、赤い髪をなびかせるリンディアが視界に入る。彼女の隣には、ベルンハルトの姿もあった。
二人が一緒に行動しているのは珍しい気がする。
「リンディア、それにベルンハルトも。珍しく組み合わせね。どこかへ行っていたの?」
そう問うと、リンディアは軽やかな調子で返してくる。
「こいつの手当てが済んだからー、迎えに行ってあげてたのよー」
どうやらそういうことらしい。
……なら仕方ない、か。
「そうだったのね」
「どーかしたのー?」
私は彼女に、アスターが拘束されてしまったことを話さなくてはならない。だが、どうも言う気にはなれなかった。
言わない、なんて選択肢が存在していないことは分かっている。
ただ、弟子であるリンディアにそれを打ち明けるのは、少々胸が痛い。
だが、いずれはばれてしまうこと。
それなら、今こちらから話しておいた方が、彼女を動揺させずに済むだろう。
「実は、その……」
「なーに?」
「アスターさんが拘束されてしまったの」
「そーなの!?」
リンディアは目を見開く。
瑞々しい水色の瞳の奥に潜む瞳孔が、いつもより拡張しているのが見てとれる。
「どーいう展開? やっぱあいつが嘘ついてたってことー?」
「父さんに相談したのよ。でも、そんなことはあり得ないって一蹴されてしまって……」
「アスターの発言が嘘だーって、証明されたわけじゃないのねー?」
「えぇ……無理矢理嘘なことにされてしまったの……」
私が上手く擁護できていれば、こんなことにならずに済んだかもしれないのに。
「止めようとはしたのだけれど……ごめんなさい」
取り敢えず謝っておく。
するとリンディアは、ニコッ、と明るい笑みを浮かべた。
「いーのよ!」
「えっ……」
あっけらかんとしているリンディアを目にし、私の頭は戸惑いに満ちる。まさかこんなにも明るい感じで返されるとは思っていなかったから。
「そーなっちゃったものは仕方ないわー」
「え、えっと……」
リンディアは優しかった。
だが、その優しさに甘えて「仕方ないよねー!」なんて返せるほど、呑気にはなれそうもない。
「気にしなくていーわよ! 王女様!」
彼女の優しさが胸に染みる。
思わずウルッとなってしまった。
「リンディア……」
「アスターなら大丈夫。拘束されたぐらいでへこたれやしないわー」
私は半ば無意識で口元に手を添えていた。
「王女様は正しいことをしただけじゃなーい。だから、王女様が気にすることなーんて……」
「少々迂闊だったかもしれないがな」
「ちょっと、ベルンハルト!」
「事実だ」
「アンタねぇ! いい加減にしなさいよ!」
「嘘は言っていないだろう」
隣のベルンハルトと暫し言い合いをした後、リンディアは再びこちらへ視線を向けてくる。
「ま、さほど気にすることじゃないってことよー」




