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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
6.視察 (前編)

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57話 剣と腕とラナと

 襲撃者の少女は、巨大化させた右腕を大きく掲げながら、ベルンハルトら二人へ迫る。かなりのスピードだ。


「さて……どう動くかね? ベルンハルトくん」


 今一つ緊張感のないアスターに対し、ベルンハルトは鋭く言い放つ。


「下がれ!」

「おや。それでいいのかね?」

「いいから下がれ!」

「承知」


 アスターは指示に従い、速やかに後ろへ下がる。

 刹那、少女の巨大化した手がベルンハルトに叩きつけられた。


「……っ!」


 ベルンハルトは咄嗟に後ろへ飛び退き、振り下ろされてきた巨大化した手をかわす。手は彼に命中することなく空を切り、絨毯を敷いた床にめり込んだ。


「なかなかやるやん?」


 少女は言いながら、流れるように次の動作へと入っていく。


「でもまだまだやで!」


 彼女の左手に握られている刃が波打った形状の剣が、ベルンハルトの胸を狙う。が、彼の目は剣をしっかりと捉えていた。


「長引かせる気はない」


 ベルンハルトは持っていたナイフで剣の軌道を逸らすと、右足で蹴りを繰り出す。彼の足は少女の鳩尾辺りを直撃——するかと思われたが、少女はそれを避けた。すれすれのところでの回避だった。


「兄ちゃん、なかなかの実力者やん? ちょっと意外やわ。ただのイケメンかと思ってたけど、それは間違いやったみたいやな」


 少女は一旦後退し、体勢を立て直しながら続ける。


「気に入ったから、特別にうちの名前教えたるわ」


 濃紺の瞳がギラリと輝く。


「うちの名前は、ラナ・ルシェフ」


 ベルンハルトは両の眉を微かに寄せる。目の前の少女——ラナが軽やかな調子で話している間も、彼は決して警戒を緩めていなかった。


「さ、こっちは名乗ったで。そっちもちゃーんと名乗ってや」

「断る」

「えー、自己紹介もできへんの? 大人やのに変やね」


 挑発するような発言をするラナ。しかしベルンハルトはそんな安易な挑発には乗らなかった。低い声で「名乗る気はない」とだけ返し、床を蹴る。


 ナイフを手に、ベルンハルトはラナへ接近。


「遅いわ!」


 ベルンハルトはナイフをひと振りする。が、ラナは軽やかに避ける。


 しかし、彼の狙いは別にあった。

 攻撃を避け着地したばかりのラナの腹部を狙い、ベルンハルトは拳を突き出す。


「んなっ!?」


 今度は命中した。


 ベルンハルトの拳は、ラナの腹部中央辺りへ見事に突き刺さる。ラナは咄嗟に腹部に力を入れたようだが、それでも威力を殺しきれず、二三メートルほど後ろへ飛んでいってしまった。


 その隙にベルンハルトは叫ぶ。


「アスター! イーダ王女のところへ!」

「私一人で、かね?」

「そうだ!」

「しかし……君が一人になってしまうよ?」

「僕は一人で十分だ!」


 するとアスターは、十秒にも満たないくらいの沈黙の後、こくりと頷く。


「承知」

「向こうは頼む」

「もちろん。イーダくんは任せたまえ」


 言葉を交わし終えると、アスターは客室から出ていった。

 ベルンハルトは改めて、ラナへと体を真っ直ぐに向ける。その表情は、固く険しい。


「うちに一人で勝つつもりなん?」


 ラナは軽やかなステップを踏みながら、くふっ、と気味の悪い笑みをこぼす。他人を馬鹿にしたような笑い方だ。


「やってやる」

「甘いわ。うち、そんなに弱くはないで」


 刃が波打った形状の剣の柄部分についている、親指の爪くらいの大きさのスイッチを、ラナは押す。


 すると、数秒後、小規模爆発が起きた。

 爆発が起こったのは、客室の中央辺りの天井である。


「なに……」


 煙が充満する部屋の中、ベルンハルトは少し身を屈めて様子を窺う。


 ——が。


 ベルンハルトは、いつの間にか、ラナに背後に回り込まれていた。

 後ろから巨大な手が迫る。


「覚悟してや」


 咄嗟に対応しようとするベルンハルトだったが、間に合わず、巨大な手に背中を引っ掻かれてしまった。


「く……っ」


 詰まるような息を吐き出し、床にしゃがみ込むベルンハルト。そんな彼を、ラナの巨大な手は容赦なく、床へと押さえつける。


「これでちょっとは大人しくなるんかなー?」

「……なるものか」

「んー? 何て?」

「調子に乗るなよ……」


 背中をえぐられ、床に押さえつけられるという、かなり危険な状況だ。しかし、それでもベルンハルトは諦めていない。むしろ、先ほどまでよりも瞳に力があるくらいだ。


「こんだけ有利な状況やったら、誰だって調子に乗るやろ」


 ラナは楽しそうだ。ベルンハルトを押さえつけている手を、右へ左へ微かに傾け、遊んでいる。


「そろそろ名乗ってくれへん?」

「断る」


 するとラナは一旦剣をしまった。それから、巨大化していない方の手でベルンハルトの右腕を掴み、強く捻る。彼が持っていたナイフは、床に落ちた。


「これでも?」

「断る」

「え。ちょっと無理しすぎちゃう?」

「不愉快だ」

「いやいや! さすがにこの状況やったら吐くやろ!?」


 頑なに口を閉ざすベルンハルトに対し、ラナは突っ込みを入れる。彼女からしてみれば、危機の中にありながら一切従うことのないベルンハルトが、不思議で仕方なかったのかもしれない。


「血も出てるんやで!?」

「いや、血はもう止まった」

「んなっ!?」

「お前が手で押さえつけてくれたおかげでな」


 ベルンハルトの言葉に、ラナは目を大きく見開く。そして、確認しようと少しだけ手を上げた。


 その隙を逃さず、ベルンハルトはラナの手から抜け出す。

 もちろんナイフも拾って。


「嘘やん!」

「油断しすぎだ」

「う……」


 愛らしい顔に悔しさを滲ませるラナ。


「なっ、なかなか的確なこと言ってくれるやん!?」


 一応認める辺り、素直である。


「認めるのか」

「何や! 認めたら悪いん!?」

「べつに悪いとは言わないが」

「あっそ! まぁいいわ!」


 言いながら、ラナは窓に向かって走る。凄まじい速さだ。


「今日はこのくらいにしといたる!」


 巨大化した手で窓ガラスを木っ端微塵にし、ラナはそこから飛び降りる。


 残されたのは、火薬の香りと静寂だけであった。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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