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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
6.視察 (前編)

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56話 真面目不真面目クリームブリュレ

 イーダとリンディアが話をしていた頃、ベルンハルトとアスターは、案内された客室内で寛いでいた。


 ……いや、正しくは、アスターだけが寛いでいたのだが。


「ふむ。このクリームブリュレ、なかなか美味しい」


 アスターはソファに腰掛け、持ってきてもらったクリームブリュレを食べている。

 好物である甘いものを食べることができて、満足しているようだ。


 一方ベルンハルトはというと、幸せそうにクリームブリュレを食べ続けているアスターを、じっと見つめている。呆れたような目つきで。


「アスター。何をしている」

「ん? クリームブリュレを食べているのだよ。君も食べるかね?」


 そう答えつつ顔を持ち上げたアスターの唇には、ホイップクリームが付着していた。

 だが本人は気づいていない様子だ。


「いや、いい。それより、いい年した大人が口を汚すな」


 唇にホイップクリームが付着していることを欠片も気にしていないアスターに、ベルンハルトは少し苛立っているらしい。恐らくそのせいなのだろうが、ベルンハルトは、いつもより低い声を発している。


「口くらい拭け。不潔だ」

「何かついていたかね?」

「白いクリームがついている」


 するとアスターは、ようやく気がついたらしく、「これは困った」などと言った。


 しかし、すぐに続きを食べ始める。


 恐るべきマイペースぶりに、ベルンハルトは溜め息を漏らす。もはや何も言えない、というような呆れ顔で、アスターを見ている。


「ベルンハルトくんも一口いかがかね?」

「要らない」

「そう言わず!」


 アスターはほんの少しだけ声を大きくする。その手には、一口分をすくった銀のスプーンが握られていた。


「ほら、特別に、このパリパリな部分をあげよう」

「必要ない、と言ったはずだ」

「まったく……。君には、美味しいを共有したい、という感情はないのかね?」

「僕は仕事中だ。のんびりお菓子を食べるほど暇ではない」


 ベルンハルトは鋭い目でアスターを睨んでいる。


「お前だって仕事中だろう。少しは緊張感を持って取り組むべきだ」


 その口調は、後輩を叱る先輩のようだ。

 ベルンハルトは、相手がかなり年上であっても、臆することなく物を言う才能を持っている——のかもしれない。


「君はなぜそうも……固いのかね」

「これが僕だ」

「なぜ、もっと柔軟な人間になろうとは思わないのか? 私としては、そこが不思議で仕方ないのだがね」


 アスターが「理解できない」というような顔で言うと、ベルンハルトはきっぱりと返す。


「僕は僕だ。変えられない」


 真っ直ぐな言葉だ。ベルンハルトが発した言葉は、時に他者とぶつかり合うかもしれないほどに、迷いのないものだった。


 彼の頑固さが滲み出た発言に、アスターは頭を掻く。


「やれやれ。ただ、非常に君らしい言葉だ。そこは評価しよう」

「お前に評価されても嬉しくない」

「おっと! 厳しい発言が来た!」

「僕はお前のそういうところが大嫌いだ」


 アスターがやたらと冗談めかすのに対し、ベルンハルトは真剣そのもの。

 二人は正反対の性格だ。


「残念。実に、残念。クリームブリュレを食べ終えてしまった。すまないね、ベルンハルトくん。本当は君にも食べさせてあげたかったのだがね……生憎、完食してしまった」


 アスターはジャケットの内ポケットからティッシュを一枚取り出した。それから、そのティッシュで口元を拭く。ゆったりとした動作だ。


「食べ終わったら、イーダ王女のところへ行くからな」

「君は少し気が早くないかね?」

「従者は主のもとにいるものだ」

「おぉ。実に真面目だね」


 アスターが感心したように手を叩くと、ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。当たり前のことをしているだけなのに「真面目」と言われたことが、少し不快だったのかもしれない。


「僕が真面目なのではない。アスター、お前が不真面目なだけだ」

「ん? そうかね」


 クリームブリュレを完食し満足しているアスターは、ソファから立ち上がると、うーんと背伸びをする。


「では、行くとしようか」

「遅い」

「ベルンハルトくん、君は少し……厳しすぎやしないかね」


 こうしてリラックスタイムを終えたアスターは、ベルンハルトとともに、扉へ向かって歩き出す。イーダらに合流するために。



 ーーしかし。



「そうはさせへんで」



 それは、先に歩いていっていたベルンハルトとの指先が、ドアノブに触れた瞬間だった。


 少女のような甘い声に乗って、独特の方言が放たれたのだ。


 ベルンハルトもアスターも、その声を聞いたことがあった——そう、先ほど起きた襲撃の時に聞いたのである。


「……この声」


 警戒心を露わにしながらベルンハルトが呟く。


 その直後、客室内に少女が現れた。


 身長は低め。また、あまり凹凸のない体つきは、十四か十五くらいに見える。紺色の髪は、肩に擦れるほどの長さ、とあまり長くはない。左耳のすぐ上辺りで、乱雑に一つにまとめてあった。


「あの時の襲撃者か」

「そうやねん。あの時は遊び足りなかったから、また来てみたんよ」


 少女はそう言って、口元にうっすらと笑みを浮かべる。

 そして、スクール水着のような服の腰元にかけていた、刃部分が波打った形状の剣を手に取る。


「今度こそ、ちゃんと相手してな」


 彼女は剣を左手で持つと、柄部分に設置されている一枚の歯車を、くるりと一周回転させた。


 すると、彼女の右腕がむくむくと変形し始める。


「……何をするつもりだ」

「おや。これまた奇妙な敵が現れたものだね」


 ベルンハルトはナイフを抜き、胸の前で構えている。その表情は極めて険しいものだ。


「相棒を連れてくるべきだったもしれないね、これは」

「……相棒?」

「いつもの狙撃用銃だよ」


 警戒心を剥き出しにしているベルンハルトとは対照的に、アスターはどこか呑気な顔をしている。客室という限られた空間の中で敵に襲われている最中だというのに、危機感はさほど抱いていないようだ。


「それがあると役に立つのか? べつに、狙撃するわけではないだろう」

「いやいや、そういう意味ではない。ただ、相棒がいるのといないのでは、動き方が少々変わってくるのだよ」


 ベルンハルトとアスターが話しているうちに、少女の右腕は原形を留めないほど変わり果てていた。


 引き締まってはいるものの華奢だった腕は、今や、怪物のそれのようになっている。


 小さな体に明らかに似合わない、太い腕と巨大な手。そして、手のひら部分以外すべてに、深緑の鱗が張り付いている。また、長く鋭い爪が生えている。


 引っかかれたら軽傷では済まないだろう。


「今回は本気でいくで!」

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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