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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
6.視察 (前編)

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55話 嫌い嫌いは好きという意味?

 リンディアとアスターの出会いは、今から十年以上前。リンディアの父親であるシュヴァルが、彼女を、知り合いだったアスターに弟子入りさせたことがきっかけだったらしい。


「これからの時代を生きていくには、強さが必要だ! なーんて言って、可愛い娘を他人に預けるんだから、てきとーな父親よねー」


 その話を聞いて、私は妙に納得した。


 リンディアとシュヴァル。二人は、父娘という関係でありながら、とてもそうとは思えないような接し方をしていた。それがなぜなのか、ずっと不思議に思っていたのだが、その理由がやっと分かった気がする。


「ちょっと星王様を見習えーって感じ!」


 リンディアは改めて足を組み、ソファの背もたれにズッともたれかかった。


 周囲への気遣い、なんてものは彼女には存在しないのだろうか? 時折そんな風に思ったりはする。が、嫌いではない。飾り気のないところは、彼女の美点でもあると思う。


「けど、ベタベタしてくるのも面倒臭いわよ」

「大事にされてるってことよ。いーじゃなーい」

「リンディア的にはそうかもしれないけど……」

「案外そーでもないのー?」


 大事にされるのは良いのだ。感謝すべきことだとも思う。ただ、たまに面倒臭いと思ってしまうことも事実である。


「そうなの。大事にしてもらえるのは幸せなことだとは思うわ。でも、愛情表現が過剰なのは、少し困ることでもあるの」


 私がそんな風に話している間、リンディアは、ゆっくりと頷きながら聞いてくれていた。


「なるほどねー。面白いわ。育った環境が違うと、思考もここまで変わるのねー」

「ふふ。私も不思議な感じ」

「何その反応。可愛いじゃなーい」


 リンディアは笑っていた。


 こんな私が相手だと、話していても楽しくないかもしれない。そんな不安もあった。

 しかし、今の彼女の表情を見ている感じでは、退屈してはいなさそうだ。


 取り敢えず、良かった。


「あ、そーだ。王女様に言っておきたいことがあったんだけどー」

「何? リンディア」

「その……ありがとね」


 リンディアは気恥ずかしそうな顔をしながら礼を述べてきた。


「どういうこと? お礼を言うとしたら、私の方じゃない?」


 いつも傍にいてもらい、しかも護ってもらっているのだ。

 ありがとうと言わなくてはならないのは、本来、私の方である。


「アスターのこと、受け入れてくれてありがとう……って、言いたかったの」

「え?」


 思わず首を傾げてしまった。

 彼女の口から発された言葉が、想定の範囲外だったからだ。


「あいつは王女様に、処刑されてもおかしくないよーなことをしたでしょ。けど、王女様の優しさのおかげで、今もああやって普通に生活できてるじゃなーい」


 リンディアはなんだかんだでアスターのことを心配しているのかもしれない。


「あいつはあんなだけど、本当は悪人じゃなーいのよー。狙撃手なんてやってるせーで、誤解されてるけどねー」

「分かるわ」

「……そーなの?」


 なぜか眉をひそめるリンディア。


「あ……い、いえ。もちろん、私は、アスターさんのすべてを知ってはいないわ。ただ、彼が根っからの悪人ではないということくらいは分かるの」

「そーなの?」

「私を誘拐した時だって、彼は私に乱暴なことはしなかったわ。むしろ、普通に話をしてくれたぐらいよ」

「ま、そーでしょーね。アスターは狙撃以外ではあまり人を殺さないものー」


 アスターについて話すリンディアは、どこか自慢げだ。


「あいつはねー、本当は温厚な人間なの。ま、空気が読めないからか、たまにおかしな言動が出るけどねー」

「リンディアはアスターさんが大好きなのね」

「は!?」


 大きな声を出されてしまった。


 私の発言がまずかったのだろうか……。


「ごめんなさい。何か悪いことを言ってしまったかしら」

「あー……気にしないで。それより、こっちこそごめんなさーい」


 そこまで言うと、彼女は一旦言葉を切る。そして、それから数秒空けて、再び口を開く。


「けどね!」

「えぇ」

「あたしはべつに! アスターのこと! 大好きなんかじゃないわよ!」


 どうやら、それを言いたかったようだ。


「そ、そうなの?」

「そーよ!」

「けど、誇らしげに話してくれたじゃない?」

「違うって言ってるでしょー!? むしろ嫌いよ! 嫌い!」


 リンディアは嫌い嫌いと言うが、それは、大好きであることの裏返しなのかもしれない。そんな風に考えると、何だか微笑ましい気持ちになった。


「ごめんなさいごめんなさい」


 思わず笑みをこぼしてしまいながら、私は謝る。


「それ、信じてないわよねー? 言っておくけど、ほんとーに好きとかないからねー?」

「えぇ。もちろん分かっているわ」


 一応そう返しておいた。


 もっとも、リンディアがアスターを嫌っている、なんて思うことはできないのだが。


 すると彼女は話題を変える。


「あ、そーだ」


 唐突に話を変えてきたため、少しばかり驚いた。が、驚きを露わにはせず、リンディアの水色の瞳へと視線を向ける。


「王女様、何か注文するー?」

「……へ?」

「食べ物とか飲み物とか、電話で頼んだら、客室まで持ってきてくれるみたいよー」


 リンディアはそう教えてくれた。しかし、残念なことに、今はあまりお腹が空いていない。


「今はいいわ。私、あまりお腹が空いていないの」

「そ? 分かったわー」

「せっかく言ってくれたのに、ごめんなさいね」

「いーわよ、いちいち謝らなくて。べつに、王女様が悪いわけじゃなーいわー」


 彼女が心の広い人で良かった。そう思いながら、内心安堵の溜め息をつく。


「注文したくなったらいつでも言ってちょーだい。あたしが注文してあげるから」


 リンディアは後からそう付け加える。


 それにしても、彼女は何と親切なのだろう。注文してくれる、だなんて。私に手間をかけさせまいとするその姿勢には、本当に感謝しかない。


「ありがとう。リンディアは頼りになるわね」

「そりゃーねー」

「これからも色々頼っていい?」

「もちろんよー。面倒事は、あたしに任せておきなさーい」


 ソファの背もたれにはがっつりもたれ、堂々と足を組む。リンディアは、王女の従者とはとても思えない座り方をしている。しかし、その口から出てくる言葉は、「まさに頼りになる従者」といった感じのものだった。


「嬉しいわ」

「ちょっと、何にやにやしてるのよー?」

「だって、従者とこんな風に過ごせるとは思わなかったから」

「どーいう意味よ?」


 リンディアは怪訝な顔になる。


「今までの従者はね、みんな私にとても気を遣ってくれていたの。でも、そのせいで、あまり仲良しにはなれなかったのよ」


 ヘレナほどではないにしろ、誰もが私を「王女」として扱っていた。王女である私と一般人である従者たちの間には、見えない壁のようなものが存在していたのである。


「けどリンディアはそうじゃなくて、こうやって、普通の友達みたいに接してくれる。それが嬉しいの」

「あー……恐ろしく贅沢な悩みを持ってたのねー……」


 リンディアが呆れ顔でそう言った——直後。


 一度、爆発音のような大きな音が聞こえた。


「な、何の音……?」

「爆発みたいな音だったわね。この部屋じゃなさそーだけど」

「他の部屋から、ってこと?」

「避難が必要か確認してみるわー」


 穏やかな時間は決して続かない。


 また嵐が来るのだろうか。そんなことを考えると、不安の波に襲われる。

 けれど、「このくらいで負けていてはいけない」と思う心も、確かに存在していた。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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