54話 広くて綺麗な客室
案内されたのは、ホテルの最上階——十二階にある一室。
私が泊まるために用意されたその客室は、非常に広く、もはや住めそうな気さえする部屋だった。
「王女様とその従者のリンディアさんは、こちらのお部屋でお過ごし下さい」
黒髪を後頭部で一つのお団子にまとめた女性従業員は、私たちを部屋に案内した後、そう言った。
「あの、待って。ベルンハルトとアスターが過ごすのは、ここではないの?」
ふと気になったので尋ねてみる。すると女性従業員は、落ち着きのある静かな声で、「お二人には、別のお部屋をご用意しております」と答えた。
「男女は別、ということか」
「はい。そのように伺っております」
ベルンハルトは女性従業員をじっと見つめていた。
しばらくしてそのことに気がついたらしい女性従業員は、それなりに整った顔に、不安げな表情を浮かべる。
「……あの、何か?」
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
その時になって、ベルンハルトはようやく、彼女から視線を逸らした。彼が何を思っていたのかは、結局分からずじまいだ。
……もっとも、何も思っていなかったという可能性もあるのだが。
「では、我々の泊まる部屋へも案内していただこうかね?」
何げに気が早いアスター。
「はい。それでは案内致します」
「それと、甘いものはあるかね? 少しばかりいただきたいのだが」
「え。甘いもの……ですか?」
アスターの甘いもの攻撃が始まった。
どうやら、彼はよほど糖分を欲しているらしい。
「洋菓子和菓子、どちらでも構わないのだが」
「承知しました。それ、後ほどお部屋へ運ばせていただきます。苦手な食材やアレルギーなどはございますか?」
「好きな食べ物は綿菓子だね」
いや、好きな食べ物についてなんて聞かれてはいなかったと思うのだが……。
「綿菓子がお好きなのですね。承知しました」
黒髪の女性従業員は、最初にアスターから話を振られた瞬間は、戸惑った顔をしていた。が、すぐに冷静さを取り戻し、きっちりと対応している。
その切り替えの早さは、「さすが」としか言い様がない。久々に、心の底から感心した。
凄いなぁ、と思いながら女性従業員の背を眺めていると、彼女がくるりと振り返った。
「それでは王女様。これにて、失礼致します」
わざわざお辞儀までしてくれた。
凄く丁寧だ。
「案内してくれて、ありがとう」
私は軽く頭を下げて、感謝の意を述べた。
これだけで気持ちがちゃんと伝わったのかは分からない。だが、何もせず何も言わないよりかはましだろう。仮にすべてが伝わってはいないとしても、少しくらいは感謝の気持ちを伝えられたはずだ。
そして、リンディアと二人きりになった。
なぜだろう。よく分からないけれど、気まずい。何を話せば、という感じだ。
こういう時だけは、「もっと社交的な人間に生まれたかった」と思ってしまう。無論、そんなことを考えても無駄だと分かってはいる。だがそれでも、考えずにはいられない。
「綺麗な部屋ね、リンディア」
外の見える窓の方まで歩いていっているリンディアに、声をかけてみた。
当然勇気は必要だ。
しかし、この程度なら、胃を痛めるほどの努力は必要ない。
「そーね」
窓の外をぼんやりと眺めていた彼女は、くるりと振り返り、笑みを浮かべた。
何も言わずとも強気であることが伝わってくる顔に浮かぶ笑み。それはとても爽やかで、どこか優しさも感じさせる。
「リンディアは空が好きなのね」
「……どーして?」
「だってほら、窓の外を見ていたじゃない」
すると彼女は、ぷっ、と吹き出した。
「ちょっと、何それー?」
まただ。また笑われてしまった。
笑わせる気なんて、欠片もなかったというのに。
「やーね! 笑わせるのは止めてちょーだい! あー、おかしー」
彼女が真剣に私を馬鹿にしているわけではない、ということは理解している。私の発言が偶然彼女の笑いのツボを刺激した。ただそれだけのことだ。
だから、私が真剣になる必要だってない。
——ないのだけれど。
「私……何か変だった?」
問わずにはいられなかった。
もしも私に明らかにおかしいところがあるなら、どうにかしなくてはならない。一度そんな風に思った時から、質問せずにはいられなくなったのだ。
「おかしいところがあるなら、指摘してくれていいのよ?」
するとリンディアは、さらに笑い出した。体をくの字に曲げて、笑い、笑う。
「え? え?」
「やーね! 王女様ったら、おっかしー!」
「リンディア? どういうこと?」
「そんなに真剣な話じゃないじゃなーい? なのに王女様ったら!」
まさか、さらに笑われてしまうとは。
しかし……そろそろどうでもよくなってきた。
私は、笑わせるつもりのない行動で笑われることを、疑問に思っていた。どこがおかしいのだろう、と、不安で。
けれども、今のリンディアを見ていて気がついた。何も真剣に考えるほどのことではないのだ、と。
だから、これ以上この話題について話すのは止めることにした。
「ところでリンディア」
「なーに?」
客室内に置かれている二人掛けのソファへ腰を下ろす。すると、リンディアもソファへ歩み寄ってきた。
「リンディアはどんな風に生きてきたの?」
ふと気になったことを尋ねてみた。
……もっとも、深い意味などないのだけれど。
「へー。ちょっと意外だわー」
「え?」
「王女様があたしの人生にきょーみ持つなんて、しょーじき予想外よ」
言いながら、リンディアは私のすぐ横に座る。座っていいか確認しない辺り、彼女らしい。
「で、何から聞きたいのかしらー」
「何から、って?」
「どーいう話を聞きたいのかと思ってねー」
「えっと……じゃあ、アスターさんとの出会いとか?」
私はそれから、リンディアと色々話をした。




