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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
6.視察 (前編)

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53話 雪

 左足の怪我は、案外たいしたことはなかった。だから私は、視察を続けることを選んだ。


 せっかくここまで来たのに、今さら帰るというのも残念な気がしたからである。


 こうして視察を続けることになった私たちは、再び浮遊自動車へ乗り、目的地のある北へと移動。その間は、別段何も起こらず、順調に進むことができた。



 そして、星都より遥か北にある、ポラールという街へたどり着く。


「凄い……!」


 街へ到着し、浮遊自動車から降りた瞬間、高い空から白いものが舞い降りてきた。


 まるで鳥の羽のようなそれは、ひらりふわりと降りてきて、手のひらの上でじわりと滲む。この手のひらは、決して熱いわけではない。にもかかわらず、白いものはあっという間に溶けて消えてしまった。非常に繊細で、あまりに儚い。


「なくなっちゃった……」


 思わずそう漏らすと、聞き逃さなかったシュヴァルが説明してくれる。


「それは雪ですよ、王女様。ほんの少しの熱だけで、溶けて消えるものなのです」

「そうなの?」

「星都には雪など滅多に降りませんから、王女様が驚かれるのも仕方ありませんね。ただ、この辺りではよく降るものなのですよ」


 なんて美しいのだろう。

 もはや何もない手のひらを見つめ、そんな風に思った。


 穢れを知らぬ純白。少女のように柔らかな感触。そんな素晴らしいものなのに、輝くのはほんの一瞬だけ。


 刹那の煌めきほど美しいものはない——。


「……素敵ね」


 半ば無意識に漏らしていた。


「きっと……儚いから美しいのだわ」

「そうかもしれませんね」


 私の呟きに、シュヴァルはそっと返してきた。

 彼がこんなにシンプルに返してくるとは思わなかったので、こう言っては失礼かもしれないが、驚いた。


「儚いものこそ、美しいというものです」


 シュヴァルはそっと唇を動かす。

 その言葉は、何か深い意味があるかのような雰囲気を漂わせていた。


「……過去に何かあったの?」

「いえ。あくまで私が思うことです」


 思いきって尋ねてみたのだが、シュヴァルは何も答えてはくれなかった。彼が発した「あくまで私が思うこと」という言葉が真実か否かは、私には知りようがない。


「ただ、人が儚さに惹かれることは確か」

「そういうものなの?」

「はい。歴史上の人物、英雄と呼ばれるような存在。いずれも、その最期が壮絶であればあるほど、後の人々には好まれるものです」


 シュヴァルの話はよく分からなかった。私にはまだ難しすぎたのかもしれない。


 ただ、一つだけ思ったことがある。


 もし人々が壮絶な最期を望むのだとしたら——それはあまりに夢のない世界で、悲しいとしか言い様がない。



 シュヴァルとそんな風に話した後、私たちは、今夜泊まる予定のホテルへと向かった。


 私たちが到着した頃には、既に、ホテルの玄関口に人が集まってきていた。服装からして一般人だと分かる人々の中に、きっちりした服装の人がちらほらと混ざっている。恐らく、きっちりした服装の彼らはホテルの従業員なのだろう。


 私は、父親やシュヴァルの後ろに、続いて歩く。


「凄い人の数だな」


 私のすぐ左側を歩いているベルンハルトが、歩きながら、そんなことを呟いた。集まった人の多さに驚いているようだ。


「とーぜんよ。星王様に王女様だものー」


 ベルンハルトの逆、私のすぐ右側を歩むリンディアは、「当たり前」と言いたげに述べる。


「こーんなにお偉いさんたちがやって来るのは、この辺りじゃごく稀だものねー」

「それはそうだな。上の人間ほど、街には来ないものだ」

「なーに、それ。もしかして、不満なのー?」

「いやべつに。深い意味など、何もありはしない」


 リンディアとベルンハルトは、私を挟んだ位置にいながら、そんな風に喋っていた。


 本当は少し話に参加してみたかった。けれど、人がたくさんいるところで何かやらかしてしまったら大変だ。だから私は、黙って歩くだけにしておいた。その方が安全だから。



 ロビーへ入ると、少し空き時間ができた。というのも、ホテルの支配人がやって来て、シュヴァルや父親と話し始めたからである。その間、私は、ベルンハルトら従者三人組と一緒に過ごした。


「イーダ王女」

「何? ベルンハルト」

「ここは……凄く高級感のある建物だな」


 ベルンハルトは高い天井を見上げながら言った。

 その声には、感心の色が滲んでいる。


「そうね。素敵なところだわ」


 すると、ベルンハルトは驚いた顔をした。


「……常に贅沢な暮らしをしている貴女でも、そう思うのか」


 驚くポイントが掴めない。


 それにそもそも、私とて、毎日贅沢な暮らしをしているわけではない。もちろん、たまには贅沢もしているかもしれないが、日頃は「少々良い暮らし」程度である。


 これまでのオルマリン史の中には、もっと贅沢をしていた統治者もいる。

 それに比べれば、私たち今の星王家など、たいした贅沢はしていない。


「もちろんよ。立派なものを立派だと思うのは、当然だわ」

「そうなのか」

「えぇ。といっても、個人差は多少あるかもしれないけれどね」


 言ってから、ベルンハルトの顔を見つめ、口角を持ち上げる。すると、彼の表情も微かに和らいだ。


 人は鏡、というのも、あながち間違いではないのかもしれない。


「しかし、立派なホテルだね」


 私とベルンハルトがさりげなく頬を緩め合っていたところ、アスターが唐突に言葉を挟んできた。


「スイーツがあれば、なお良いのだがね」

「スイーツ? アスターさんは、スイーツを食べたいの?」

「なに、主人に対してわがままを言う気はないよ。ただ、途中で少し動いたせいで、糖分が欲しくなってしまってね」


 アスターは軽やかな調子で話しながら笑っている。何やら楽しげだ。


「ちょっと、アスター。それは王女様に言うことじゃないでしょー?」

「リンディア。厳しいことを言わないでくれるかね」

「相手は王女様なのよー? 他の依頼者とはまったく別物だって、分かってるの?」

「もちろんだとも! 念のため言っておくが、私はそこまで馬鹿ではないよ」


 アスターとリンディアが話し始めると、私は入っていけない空気になる。


 二人は、恋人同士なわけでもなければ、特別仲良しなわけでもない。いや、それどころか、リンディアなんてアスターを鬱陶しがっているくらいだ。


 にもかかわらず、二人には二人だけの世界がある。


 実に不思議なことだ。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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