49話 迫るは、影
「ちょっと。何? 今の発言」
リンディアは、黒服の運転手が発した「バレてしまった」というような主旨の言葉に、すかさず言及する。
「どーいうことよ」
「意味を聞いているのデスか? 深い意味なんてありマセン」
黒服は、曖昧な返答をしつつ、アクセルを踏み続けていた。それにより、私たちを乗せた浮遊自動車は、どんどん怪しげな場所へと進んでいってしまっている。窓の外が薄暗くなってきた。
「取り敢えず停めなさいよ!」
「すみマセンが、それはできマセン」
「は!?」
「なぜなら、これが自分の仕事だからデス」
そこまで話したところでリンディアは黒服の運転手を見切り、助手席のアスターに向けて言う。
「停めさせてちょーだい!」
するとアスターは、ほんの少し面倒臭そうに「私がかね」と漏らす。が、太ももの上に置いていた銃器をすぐに抱えると、運転手へ銃口を向けた。
「停めたまえ」
この至近距離から銃撃するつもりなのだろうか。
「それはできマセン。たとえ脅されたとしても、不可能デス」
「ほう、そうかね。では——」
アスターの瞳に、鋭い輝きが宿る。
「さらば」
彼は躊躇いなく引き金を引いた。
銃声が響き、銃弾が運転手を貫く。
「……ひっ」
私は思わず引きつった声を漏らしてしまった。
情けないとは思う。けれども、銃撃をこんな間近で見たことなんて、これまで一度もなかったのだ。だから、仕方ないではないか。
鼓膜が破れそうな音に、凄まじい衝撃。怖くないわけがない。
——それからしばらくして、車はようやく停まった。
扉を開け、一番に車外へ出たのは、リンディア。
「一体、どーなってんのかしらねー」
彼女は地面に降りると、辺りをキョロキョロと見回す。それに合わせて私も窓の外を見渡してみた。が、これといって特徴的なものはない。視界に入るのは、樹木や岩だけだった。
「リンディア、何か分かりそう?」
「いやーまったく分からないわー」
私は内心溜め息をついた。
リンディアが何も分からないなら、私に分かるわけがない。これからどうすれば良いのやら。
「一旦引き返す?」
「そーすべきよね。けど……」
「けど?」
「その凄いことになってる運転席をどーにかしなくちゃ、無理よねー」
そうか。言われてみれば、その通りだ。紅に染まった運転席に座りたい者なんて、いるわけがない。
「それに、そもそも、運転できる人がいないんじゃなーい?」
「え、そうなの?」
「あたしもアスターも、許可証は持ってないわよー」
私はすぐにベルンハルトの方を向く。その瞬間、彼は静かな声で「僕も持っていない」と言った。今から私が問おうとしていたことを、彼は既に察していたようだ。
「そんな! じゃあ戻れないじゃない!」
黒服の運転手は、もはや運転などできない状態。そして、他に浮遊自動車を動かせる者はいない。ならどうしろと。
「落ち着け、イーダ王女」
「無理よ、落ち着けないわ。何が起こるか分からないのに」
「これだけ揃っているんだ、慌てなくていい」
ベルンハルトは妙に冷静だ。
何がどうなるか分からない、こんな状況だというのに。
「そ、そうよね。私が心配しすぎているだ……」
——刹那。
「っ!?」
どこから飛んできたのか分からない銃弾が、浮遊自動車の扉に突き刺さった。
窓も扉も防弾仕様になっているらしく、幸い、銃弾が車内にまで届くことはない。が、弾が扉に刺さった衝撃が、空気を震わせ、車体を揺らす。
半分立ち上がったような体勢をとっていたため、予想していなかった揺れにバランスを崩してしまい、座席で腰を打った。
それなりの勢いでぶつけたため、結構痛い——けれど、一番に思ったことはそれではない。
「リンディア!」
彼女は車外にいる。今の銃撃に巻き込まれているかもしれない。
すぐに頭に浮かんできたのは、こちらだった。
もう誰も傷つけさせたくない。もう二度と命を失わせたりはしない。胸にそう誓ったというのに、もしリンディアが銃撃に巻き込まれていたら。考えたくはないけれど、この状況だからあり得る。
「大丈夫!?」
車外へ出ようと、扉の方へ移動する——が、ベルンハルトに腕を掴まれた。
「今は出ない方がいい」
「……どうして止めるの」
手には、リンディアから貰った棒付きキャンディ。それが視界に入るたび、外へ出ていきたい衝動に駆られる。しかし、ベルンハルトはそれを許してくれない。
「貴女が勝手に動くと被害が拡大する」
「なっ……」
「以前星王が撃たれた例を忘れたわけではないだろう」
それを言われると、私には返す言葉がなかった。
痛いほどに真実だったから。
「……それはそうだけど、でも! リンディアを放ってはおけないわ!」
すると、助手席で待機しているアスターが、ははは、と笑った。
「イーダくんは優しいね。ただ、リンディアを心配することはないよ」
「アスターさん、そんな呑気に……」
「心配せずとも、あの娘は強い。ただの銃撃でくたばるような娘ではないよ」
言いながら、アスターは扉を押し開ける。
「と言いつつも援護に出ちゃう!」
「へ?」
アスターの妙な言動によって、脳内が疑問符だらけになってしまった。
「……わけだから、君の気持ちは分かるけどね」
車から出る瞬間、アスターは小さくウインクした。
恐らく、励まそうとしての行動なのだろう。それは察することができた。が、何とも言えない気分だ。
車内にいるのが、私とベルンハルトだけになってしまった。
人が減るたび、心細くなる。
何かを失ったような、そんな感覚に襲われるのだ。
けれど、それに負けているようではいけないのだろう。それでなくとも弱いのだから、せめて心くらいは強く持たなくては。
「イーダ王女」
「……ベルンハルト?」
「いつでも動けるよう、準備しておいた方がいい」
「えぇ、そうね」
そう返すと、ベルンハルトは目をぱちぱちさせた。
「どうしたの?」
「……いや」
「何? 何か思うところがあるのなら、はっきり言って」
「……さっき、貴女の雰囲気が変わったような気がした」
ベルンハルトの口から出たのは、予想の範囲から飛び出した意外な言葉。
「そう?」
「気のせいかもしれない。気にするな」
そんな風に話していた時だ。
ひび割れた窓ガラスの向こう側に、一つの影が覗いたのは。




