表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
1.運命の幕開け

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/157

4話 見送るのは、寂しい

 うなじに触れる銃口から、ひんやりとした感触が広がる。生まれてこれまで、一度も体験したことのないような感触に、心臓の脈打つ速度が急加速した。周囲の者にまで聞こえてしまっているのではないかと思うほど、大きく、バクンバクンと鳴っている。


「ンバーラ! 何をするつもり!?」


 目の前にはベルンハルト。背後にはダンダの拳銃。


 そんな緊迫した状況の中、私は、ヘレナの鋭い叫び声を聞いた。


 いつも淡々とした調子でしか物を言わないヘレナが、叫んでいる。

 そのことが、今の状況が異常であることを物語っていた。


「銃口を離しなさい!」


 ヘレナの鋭い声が聞こえてくるけれど、彼女を捉えられるほど大きく振り向くことはできない。下手に動けば、撃たれるかもしれないからだ。


「知るか! 死に損ないの女ごときが、口出しするな!」


 耳に飛び込んできた荒々しい声。その主は、恐らく、ダンダだろう。目で確認することはできずとも、耳だけで十分察することができる。


「イーダ様の命を狙うなど、反逆罪よ!」

「黙れぃっ!!」


 その次の瞬間、ぱぁん、と乾いた音が鳴った。


 一二秒して、うなじから銃口が離れたことに気がつき、すぐに振り返る。


「……そん、な」


 振り返り視界に入ったのは、ダンダに撃たれたヘレナの姿だった。


 ヘレナは、目を大きく見開き、驚きの色に満ちた表情のまま止まっている。まるで、そこで時が止まってしまったかのように。


 宙には、赤い飛沫が待っていた。


 その数秒後。

 撃たれたヘレナの脱力した体は、ドサリと床に崩れ落ちる。


「次は王女様ですぞ」


 倒れたヘレナに声をかけにいこうとしかけたのだが、ダンダに再び銃口を向けられたため、それは諦めた。

 私は無力だ。至近距離にある銃口から上手く逃れ、ヘレナのところまで走るなんて、できっこない。


「や、止めて。撃たないで」

「これはわたくしの出世のため。今さら止めることなど、絶対にできませんぞ」

「……出世のため? 貴方は、自分の出世のためだけに、私を殺めるつもりなの?」

「収容所所長というのも、楽しいものではありませんからな」


 私にはダンダが分からなかった。


 人には出世したいと思う心があるということは、私にだって理解できる。といっても私には縁のないことだけれど、それでも大体想像はつく。

 だが、他人を傷つけてでも出世したいなんて、思うものなのだろうか。


 そんなことをしたら、罪を背負って生きていかなくてはならなくなるだけのことなのに。


「では、さらば!」


 ダンダが引き金を引く——ほんの一瞬前。

 ベルンハルトが、私の足を払った。


「きゃ」


 拳銃に意識を向けすぎるあまり、ベルンハルトを注視していなかった私は、足を払われ転倒する。


 だが、そのおかげで命を取り止めた。


 私に向かって飛んできていた銃弾は、転んだことで私には当たらず、そのまま進む。そして、その先にいた、ベルンハルトを拘束している男の顔面に命中した。


「何ぃっ!?」


 結果的に部下の顔面を撃ち抜いてしまうこととなったダンダは、そのしわが多く刻まれた顔に、焦りの色を滲ませる。


「ふっ!」

「ぐぎゃあ!!」


 片腕の拘束が解けたことに気づいたベルンハルトは、もう一方の腕を拘束している男の鳩尾へ膝をめり込ませた。突如膝蹴りを食らった男は、情けない叫びをあげて、その場に倒れ込む。


 ベルンハルトはその隙を逃さない。

 彼は、倒れ込んだ男の腰のホルスターから素早く拳銃を抜き取ると、その銃口をダンダへ向ける。


 急展開に何とかついていこうと頭を持ち上げると、ベルンハルトに足で止められた。なかなか乱暴だが、下手に動いて命を落とすのも嫌なので、床に伏せておくことにした。


 数秒後、破裂音が空気を揺らす。


「よし」


 何がどうなっているのか、今の状況がまったく掴めない。だが、ダンダの声がしなくなったので、少しだけ顔を上げてみる。


「……何が……どうなったの?」


 口から疑問がするりと出た。

 それに対しベルンハルトは愛想なく返してくる。


「終わった」


 本当に短い、一言だけの答えだ。

 このとんでもない状況を、一言にまとめてしまえるというのは、なかなか凄いことだと思う。大雑把というか、何というか。


「お、終わったのね……?」

「取り敢えず」


 また新たな敵が現れる可能性は否定できない。だが、取り敢えず落ち着いたことは確か。


 なので私は、伏せていた体を少し起こした。


「取り敢えず? ということは、まだ終わりでないかもしれないの?」

「僕に聞かれても困る」


 ベルンハルトの声はとても冷たいものだった。彼の声には、優しさなんてものは欠片も存在していない。


 ただ、彼がいたおかげで私は助かった。

 彼の咄嗟の動きがあったから、私はダンダに殺されずに済んだのだ。


 だから私は、拳銃を握ったまま立っているベルンハルトに、礼を述べておくことにした。


「ベルンハルト……だったわね。その、助けてくれてありがとう」


 彼の瞳がこちらへ向く。


「貴方がいなかったら、殺されていたわ。本当に、ありがとう」

「助けたつもりはない」

「え。そうだったの? じゃあ、すべては偶然?」

「ただ、オルマリンの女などに借りを作りたくなかっただけだ」


 ベルンハルトの私への接し方は、これまで体験したことがないほどのそっけなさだ。けれど、それを不快だとは感じない。不思議なことだが、「そんなもの」といった感じなのである。


「なるほど。そういうことだったのね」


 そう言った瞬間。

 私の頭に、ヘレナが拳銃で撃たれた光景が蘇った。


「あ!」


 咄嗟に立ち上がり、ヘレナがいた方向へと駆け出す。


「ヘレナ! 大丈夫っ!?」


 床に倒れ込んだヘレナを目にした瞬間、私は衝撃を受けた。

 力なく倒れている彼女が、ぴくりとも動いていなかったからである。


「ヘレナ……?」


 赤い泉の中に横たわる彼女は、目を開いたまま、壊れた人形のように止まっている。その光景を目にしてなお、私は、彼女がどういった状態なのか掴みきれない。


「ヘレ……ナ、ねぇ、どうして返事してくれないの」


 今朝、私を迎えに来てくれたじゃない。

 この部屋へ入る時だって、ボタンを押して扉を開けてくれたじゃない。


 なのにどうして、今は、返事の一つさえしてくれないの。


「どうして何も返してくれないのよ!」


 絞り出すように叫んだ。


 彼女の今が理解できなくて。理解したくなくて。


「呼んでいるのに!」


 ヘレナのことは苦手だった。ずっと、そうだった。あの、淡々とした口調と氷のような眼差し——今でも好きにはなれそうにない。


 けれど、思えば彼女がずっと傍にいた。


 あの十八の春。従者のほとんどを失い、それからは、唯一生き残った彼女と話すことが増えて……。


 苦手だと思っていた。

 彼女とは気が合わないと、そう思っていた。


 でも——そんな彼女が相手であっても、見送るのはやはり寂しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ