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イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
4.気ままな狙撃手

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42話 捜索中の交錯

 イーダらがアスターに関する相談をしている間、ベルンハルトは、彼女の自室を出てすぐのところで待機していた。


 つまり、扉の外で一人ぽつんと立っていたのである。


 外は既に騒ぎになっている。

 王女を誘拐した罪で拘束していたはずのアスターが、忽然と姿を消したからだ。


 ベルンハルトは、アスターがイーダの部屋にいることを知っている。が、それを他者へ話すことはしなかった。扉の外に立っていると、その前を通過する者に何度か「初老の男を見なかったか」と問われたが、ベルンハルトはその都度「見ていない」と答えた。リンディアとそう約束していたのである。



 そんな彼の前へ、唐突に、シュヴァルが現れた。


「おや、ベルンハルトではありませんか」


 声をかけられたベルンハルトは、冷たい視線を向けつつ言葉を返す。


「何か用だろうか」


 対するシュヴァルは、警戒心を剥き出しにされたことに苦笑した。それから、どこか余裕のある声色で問う。


「アスターを知りませんか?」

「……アスター?」

「先日王女様を誘拐した、あの男です。拘束していたのですが、今朝から行方不明になりまして」


 ベルンハルトは眉一つ動かさず答える。


「見ていない」


 もちろん嘘だ。


 だが、彼の表情は、いつもと何ら変わらない。


 今のベルンハルトの表情を見て「嘘をついている」と察知できる者など、世には、ほぼいないだろう。

 もし仮にそんな者がいたとするならば、それを職にでもできるに違いない。


「そうですか。……ところで」

「まだ何かあるのか」

「王女様は一体何をなさっているのです?」


 シュヴァルは早くも次の問いを放った。

 しかし、ベルンハルトは慌てない。落ち着きを保ったまま答える。


「リンディアと話を」

「なるほど。一体何のお話を?」

「それは知らない。ただ出ていくよう言われた」

「仲間外れだなんて、酷いものですね」


 口元に薄く笑みを浮かべながら述べるシュヴァルに、ベルンハルトは無表情のまま返す。


「時にはそういうこともあるだろう」


 その言葉を聞いたシュヴァルは、一瞬、面白くなさそうな顔つきになる。しかしすぐに笑みを取り戻し、ふっと息を吐き出しながら口を動かす。


「オルマリン人にしか聞かせられないことというのも、あるのやもしれませんね」


 わざとベルンハルトを刺激しようとしているかのような言葉だ。だが、この程度の発言に過剰反応するベルンハルトではない。


「……そうだな」


 ベルンハルトは、ただ少し寂しげな顔をするだけであった。


「なぜそんな顔をするのです?」

「いや、べつに何でもない」

「何でもない、と自ら言う時点で、何でもないことはない。そういうものです」


 周囲は人々が慌ただしく動いているというのに、二人だけは静寂の中にいた。無機質な空気が、二人を包んでいる。


「気にしているのですか? 己がオルマリン人でないことを」

「……放っておいてくれ」

「それはできません。迷いのある従者など、危険分子でしかありませんから」


 シュヴァルの声色は真剣そのもの。なのに、顔には笑みが浮かんでいる。声色と表情——そのずれが、何とも言えない歪さを生み出していた。


「僕が裏切るとでも?」

「最悪、反乱分子に協力して主を、なんてことも考えられますからね」


 そんな風に話すシュヴァルに対し、ベルンハルトははっきりと言い放つ。


「それはない」


 その瞳に迷いはなかった。


「自分で決めた道から逸れることは、断じてない。それは誓える」


 ベルンハルトの瞳から放たれる視線は、槍のように真っ直ぐだ。

 目つきを見れば、彼が真実を述べていると、誰だって分かるだろう。


「なるほど。それは失礼しました。以前、そういうことがありましたので」

「……以前?」


 ベルンハルトは眉間にしわを寄せる。


「イーダ王女に刃を向けた従者がいたのか」

「いえ。彼女ではなく、王妃様に、です」

「……何かあったのか」


 怪訝な顔をしたベルンハルトが呟くように漏らす。


 するとシュヴァルは、愉快そうに口角を持ち上げた。


「実は。王妃様はずっと昔に亡くなられたのです」

「……そうか。見かけないと思った」

「王女様を可哀想だとお思いで?」

「いや、片親を亡くす程度では生温い。可哀想などではない。ただ……」


 ベルンハルトは、数秒してから続ける。


「同情を求めようとしない姿勢は評価できる」


 発言をうけてシュヴァルは、「なるほど」と言いながら、ゆったりと手を叩いた。


 シュヴァルの反応が予想外だったのか、ベルンハルトは顔面に戸惑いの色を浮かべている。しかし当のシュヴァルはというと、愉快なものを見たような楽しげな表情のまま。戸惑った顔をされていることは、ちっとも気にしていない様子だ。


「お前らしい言葉ですね、ベルンハルト」

「……そうだろうか」


 二人の間に流れる空気は、相変わらず、言葉では形容できないような微妙なものである。

 そんな空気のまま、しばらく沈黙が続く——そして、やがてシュヴァルがそれを破った。


「さて、では仕事の続きをすることとしましょう。もしアスターを見つけたら呼んで下さい」

「分かった。……ちなみに、アスターを見つけたら、どうするつもりだ」

「見つけたら? 再び拘束するに決まっているでしょう」

「聞きたいのは、その後だ」


 すると、これまではほとんどの時間笑みを浮かべていたシュヴァルが、眉をひそめた。


「投獄するつもりか」

「まさか。投獄なんて、あり得ませんよ。王女様を誘拐したというのは、極めて重い罪ですから。それに一度脱走したという罪も加われば、もはや——」


 二三秒ほど間を空けて、シュヴァルは続ける。


「死刑ものです」


 放たれたのは、冷ややかな言葉。


 もしイーダがこれを聞いていたならば、衝撃で体調を崩していたかもしれない——そのくらいの言葉だった。



 シュヴァルが去っていった後、イーダの自室前に残ったベルンハルトは俯く。


 彼のことだ、「一人でいるのが寂しいから」なんて理由ではないだろう。だとしたら、彼が曇った表情になっているのは、なぜなのか? その本当の理由が分かる者は、彼自身の他にはいないだろう。いや、彼自身すら己の表情の意味を理解できていない、という可能性もある。


 ただ一つ、推測できる要素があるとすれば。


 ベルンハルトはイーダのことを考えている。

 そのくらいだろうか。

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ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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