表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イーダ・オルマリン 〜青き星、その王女の物語〜  作者: 四季
4.気ままな狙撃手

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/157

38話 シュヴァルの野望

「で、見事なまでに失敗しましたね」


 狭い部屋の中、シュヴァルは不満げに漏らした。

 椅子に括りつけたアスターを、冷ややかに見下しながら。


「……そろそろ解いてはもらえないかね?」


 氷のように冷たい視線を向けられながらも、アスターの口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。どこか余裕を感じさせるような笑みが。


「残念ですが、それはできません」

「こんな老人を拘束して何が楽しいのかね。君は相変わらず趣味が悪い」

「二度も仕損じた無能に、自由などあるわけがないでしょう」


 冗談混じりに話すアスターとは対照的に、シュヴァルの表情は固い。まるで、金属で作られた仮面をつけているかのようだ。


「いやはや、君の娘がとても優秀だったのでね。ついうっかり負けてしまった」


 ははは、と軽やかに笑うアスターを見たことで、シュヴァルの目つきはさらに険しくなった。自分が真剣に話しているにもかかわらず、不真面目な態度を取られたことが、不愉快で仕方ないのだろう。


「笑いごとではありませんよ。失敗したということはつまり、殺されてもおかしくはないということです」


 シュヴァルが威圧的な視線を向けながら言い放つ。

 すると、アスターは急に真面目な顔になって言い返した。


「……脅しは無駄だと分かっていないのかね」


 室内に二人以外の姿はない。誰も見ていない静寂の中、二人の小さな声だけが空気を揺らしている。


「私を消したところで、次に消されるのは君だよ」

「まさか。あの星王が気づくはずはありません」

「星王はそうかもしれないね。ただ、それ以外の誰かが気づく可能性はおおいにある」


 アスターは、拘束されていてもなお、余裕を感じさせる顔つきのまま。


 一方シュヴァルはというと、アスターとは対照的に、かなり苛ついている様子だ。眉間がぴくぴくと微動している。


 その様子を見て、アスターは口を開く。


「シュヴァル、君はなぜそうも王女殺害にこだわるのかね?」


 問いを放った彼の瞳には、鋭い輝きが宿っていた。


「彼女は、誘拐犯である私に対しても、憎しみを向けたりはしなかった。あんなに平和主義で繊細な娘を殺害する必要など、ないと思うのだがね」


 その問いに、シュヴァルは低い声で答える。


「平和主義であろうが、繊細であろうが、そんなことは関係ありません。彼女は王位継承権を持っている。それだけで、生かしてはおけないのです」


 アスターは何も返さない。

 ひと呼吸おいてから、シュヴァルは続ける。


「我が願いを叶えるには、王位継承権を持つ者を消す必要がありますから」

「君の願いは確か——可愛い女性を虐めることだったかね?」


 その瞬間、シュヴァルは近くのテーブルを強く叩いた。バァン、という大きな音が、室内の空気を激しく震わせる。


「我が願いは、そのような下らぬことではありません」

「おや? 違ったかね」

「このシュヴァルの願いは、ただ一つ。星王となり、オルマリンを自分のものとすること。それだけです」


 シュヴァルの目は希望に満ちていた。輝いている。


 ただそれは、純粋な輝きではない。


 野心に満ちた輝き。

 獲物を狙う肉食獣のごとき、鋭い目つき。


「おぉ。それは実に壮大だね」

「そのためなら何でもします。邪魔者がいれば、誰であろうが消してみせる」


 シュヴァルの瞳に迷いはなかった。その視線は槍のように真っ直ぐで、また、剣のように鋭利だ。


「そのために、ここまで上り詰めたのですから」


 彼の曇りのない目を見て、アスターは、感嘆と呆れが入り交じったような溜め息を漏らす。


「……決意は固いようだね」

「当然です。この星を手に入れるためなら、何だって捨てられます。むしろ、喜んですべてを捨てる覚悟です」


 語りながら恍惚とした表情を浮かべるシュヴァルに対し、アスターは愚痴るように告げる。


「よく分からないな……私には」

「でしょうね」

「おっと。予想外にはっきりと言われてしまった」

「人を殺めること以外に才のない貴方には、分からないでしょう」


 シュヴァルの冷ややかな言葉に、椅子に括られ拘束されているアスターは眉を寄せ、顔をしかめた。その表情からは、複雑な心境であることが窺える。


 しかしシュヴァルは、そんなことには気づかない。


 目前の初老の男などには、微塵も関心がないのだろう。彼にとっては、自身の野望を叶えることがすべてだ。


「……それもそうと言えるかもしれないね。私はとにかく、権力には興味がない」

「でしょう?」

「シュヴァル、君の言う通りだ」


 まだ拘束されたままのアスターは、シュヴァルに言われたことを素直に認めた。すると、シュヴァルが自慢げな顔で、アスターへと近づいていく。


「アスター・ヴァレンタイン——貴方は大人しく、このシュヴァルの力となれば良いのです」


 そして、どこからともなく取り出した刃渡り十センチほどの刃物を、アスターの喉元へと押し当てた。

 天井から降り注ぐ灯りを浴び、銀色の刃がギラリと輝く。


「次こそ必ず成功させなさい。それが最後の機会です」


 二人の視線が交差する。

 そこにあるのは、仲間意識なのか敵意なのか。もはやそれすら分からない。


「これもすべて、差別のない平和なオルマリンを作るため。分かりますね?」

「……残念だが、私にはよく分からないのだよ」


 アスターの答えに、シュヴァルは目を大きく見開く。


「私は、あのような若い娘を殺害する必要性を感じないのだがね」


 ——刹那。


 シュヴァルは、アスターが括りつけられている椅子を、全力で蹴り飛ばした。


 静寂の室内に、痛々しい低音が響く。


 男性一人を乗せた椅子は、それなりの重量がある。それゆえ、シュヴァルが蹴り飛ばしても、距離はさほど出なかった。しかし椅子が倒れたため、アスターはその下敷きになってしまっている。


 もっとも、椅子と言ってもさほど立派な物ではないため、下敷きになっただけで生命の危機、というわけではないが。


「人殺しは大人しく人殺しをしていろ!」


 日頃の様子からは想像できないくらいの厳しい形相で、シュヴァルは言葉を吐く。


「いいな!?」


 しかし、椅子の下敷きになったアスターが頷くことはなかった。


「……生憎、私は若い娘を虐める趣味などないのでね。ここで身を引かせてもらうことにし……ぐぅ!?」


 最後まで言えず、アスターは苦痛の音を漏らした。それは、シュヴァルが椅子ごと踏みつけたから、であった。


「ならば死になさい」

「な、何をするのかね! 危ないよ、今日の君は!」


 胸元を圧迫されたアスターは、何とか呼吸を確保しつつ抗議する。


「リンディアが人殺しの子になっても良いのかね!?」


 アスターが必死にそう言うと、シュヴァルの乱暴な行為はようやく止まった。


 シュヴァルは片手で髪をくしゃくしゃと数回掻く。

 そして冷静さを取り戻し、静かな声を発する。


「……それもそうですね」


 その時には、顔つきも、普段の彼のものに戻っていた。


「罪人などいつでも処分できる。このシュヴァルが自ら行うことではありませんでしたね」


 アスターは何も返さない。

 シュヴァルの言葉を黙って聞いているだけだ。


「覚悟しておきなさい、アスター・ヴァレンタイン。明日には——この世とお別れかもしれませんよ」


 脅すようなことを言うシュヴァルは、どこか勝ち誇ったような顔つきだ。アスターを見下し、満足しているのかもしれない。


 一方アスターはというと、何も発することなく、ただ宙を見つめていた。


 彼が何を考えているのかは、今はまだ、誰も知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。 少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ